俺とあの子

四月。
桜が舞い散る季節。
春の穏やかな風が薄紅色の花びらをひらひらと舞わせていた。


春を感じさせる桜が散るこの学校も、本日、新しい生徒を迎える。
入学式。まだ制服に着られた、幼い顔立ちの子がそわそわしていた。
新しい生徒たちの可愛らしい様子を見て、新米の理科教師である井上道幸は微笑んだ。


「あ、井上先生、嬉しそうですね」

「そうですか? 初めての入学式だからかな。ちょっと嬉しくて」

「私もそうでしたよ。初めての時。あ、井上先生、副担も任されてるんですよね?」

「あ、はい。なので、余計嬉しいのかもしれません」

「がんばってくださいね」

隣の教師と話しているところ、井上が副担任を任されたクラスの入場になった。
どの生徒も緊張した面持ちで、微笑ましい。
その中、一際小さな生徒がいる。
深い黒色の髪が一房ふわふわと浮いていて、井上は思わず小さく笑ってしまった。
隣の教師も井上の視線の先を見て、微笑ましげに笑う。


「あ、あの子かな。失声症患っているのは…」

「失声症? 話せないんですか?」

「ええ。ですから、なるべく気にかけてあげてくださいね」

初老に入った隣の教師は、少しだけ切なそうな顔で井上に微笑む。
前に聞いた話だが、この教師の子息も話すことができない子だったらしい。
そのことを思い出し、井上ははっきりと返事をした。
ふわふわと舞う寝癖を隣の生徒から告げられたのか、小さな生徒は一生懸命後頭部を撫でつけている。


「先生」

「はい。なんでしょう?」

「俺みたいな新米に副担ができるでしょうか」

まっすぐと生徒を見つめる井上の問に、初老の教師はそうだね…と考え込む様子を見せる。
そんな教師に井上は苦笑した。


「大丈夫ですよ。あなたはいい教師になれる」

「はは、ありがとうございます。あなたみたいな教師になりたいと思います」

「それは嬉しいねぇ」

高校にはいってからの、初めての点呼。
1組のクラス担任が生徒の名前を一人ずつ呼んでいく。
井上の担当するクラスの順番が来て、井上は自分が関わるであろう生徒を見つめた。
大きくはっきりとした返事、緊張して震えている返事。
どの返事もまるで新緑のような、若々しさを感じられた。

そんな中、先ほど話題に上がった生徒の順番が来た。
呼ばれた生徒は立ち上がり、小さな手をぐん、と上に伸ばした。
ぴんっと伸びた腕が、その生徒の緊張を背負っているのがわかる。
井上は教師と顔を合せ、小さく微笑んだ。


俺とあの子 end
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