心臓

静かな、穏やかな朝。
有岬は浮き浮きとはやる気持ちに周を巻き込んでいた。


「うさ…、まだ服悩んでいたのか」

“だって…、先生と一緒に歩くから、お洒落しなきゃ…”

「女子かよ。…ちょっと女の子みたいな格好してけば」

“なんで?”

「ん? うさ、可愛いからコロリと落ちるんじゃないかなって」

そんな、と言いつつも、にやにやと笑う有岬を見て、周は思わず笑ってしまった。
有岬の可愛らしい格好に、周はそれで大丈夫、と囁く。
風邪をひかないようにコートを着せマフラーを巻いて、薬や財布の入った斜め掛けの鞄をかける。
それから、井上と会話するとき困らないように、ボードを渡した。


「よし、これで風邪も引かない。大丈夫。可愛い」

“先生、どんな格好かなぁ”

「さあな。ほら、待ち合せに遅れるぞ」

こくり、と頷いた有岬に、周は行くぞと告げた。


“周も行くの?”

「駐車場まで送る」

“周もお兄ちゃんに負けず劣らず心配性だね”

「いいんだよ」

笑みを浮かべる有岬に笑いながら、周は有岬の頭を撫でた。
隣を歩く有岬がウキウキとしているのを見て、周は自分も嬉しくなるのを感じる。
ふたりで楽しげに歩いているうちに、駐車場に着く。
井上が車に寄り掛かって、携帯をいじっているのを見て、周は有岬の背中を押した。


「行ってらっしゃい」

“行ってきます”

有岬が手を振るのを見て、周もひらひらと振り返した。



携帯で色々な場所を探す。
水族館、遊園地、喫茶店、映画館。
有岬が好きなものはなんだっけ、と手当たり次第いろいろなサイトを見た。
ふと有岬の鞄についていたキーホルダーを思い出す。

―…ああ、あそこが一番いいか。

そう思って、携帯を閉じようとした時、井上のコートの袖が引かれた。
視線を下げると、頬を少し赤く染めた有岬が立っている。
可愛らしいコートを着ていた。


「有岬、おはよ」

黒のショートコートを着た井上。
いつもに増して格好よく見える。
有岬はドキドキとする心臓を押さえるように、胸を押さえた。


「有岬は可愛いコート着てるな。似合ってる」

―…初デートみたいだ。

心の中で呟いていると、井上に車に乗るように促される。
ドアを開ける仕草も精錬されていて、格好いい。
女の子は、こういうところに惚れるのかな、とか考える。
それなら、自分も女の子と大差変わりがないと小さく笑った。


「有岬、どこか行きたいところある?」

周に渡されたボードに答えを書く。


“あまり考えてなかった。…先生は行きたいところありますか?”

「んー? …じゃあ、有岬が好きそうなところに連れて行ってあげる」

シートベルトを付けた有岬を確認して井上は車を動かした。
向う先は、有岬の喜びそうなところ。


「薬の使い方は、昨日医務室の先生から教えてもらったし、大丈夫だからな」

井上が有岬を安心させるように呟く。
有岬はありがとう、と伝えようと頭を下げた。
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