特別な君

どんよりとした、重い空。
暑い夏も思い出せないくらいな天候だ。
有岬は医務室で今日も体調の報告をしていた。
秋と春は特に念入りに。
季節の変わり目は、有岬の持病の喘息には酷な時期だ。
今日もあまり体調は良くない。
発作止めが手放せないくらいだ。


「うさちゃん、最近体調良かったのにね」

“秋と春はあまり良くないの”

「そっか。まあ、あったかくして、風邪を引かないようにね」

“うん。もういい?”

「いいよ。今日も図書室?」

こくり、と頷きながら立ち上がる有岬に校医は微笑む。
大きく手を振りながら医務室を出て行った背中を見て、校医は椅子に腰をかけた。


重苦しい空を見上げた。
今にも雨が降り出しそうで、有岬は眉間に皺を寄せる。

雨は嫌いだ。嫌なことを思い出すから。
喉元に手を当てて、深呼吸する。
もう少しで図書室だ。
有岬の大好きな場所。
最近まではお気に入りだっただけの図書室は今ではなくてはならない場所になった。

図書室に入ると、井上が窓を眺めていた。
有岬も同じように窓を眺めながら隣に行く。
そっと白衣の袖を引っ張ると、井上はこちらを向いた。


「葉が落ち始めている。もう秋も終わるんだな」

そう言って、井上は笑った。
有岬もそんな井上に笑みを浮かべる。


「有岬…」

急に、心が痛んだ。
幸せそうな笑みを浮かべる有岬の過去を思い出す。
もう大丈夫だろう、と思っても、井上は有岬を思うと胸が苦しくなった。

隣の有岬をそっと抱きしめた。
小さな体。井上よりもうんと小さい。

抱きしめられた有岬の頬が染まった。
そっと井上に抱きしめられたまま、井上の鼓動を聞いた。
前に聞いた時よりも、遅い。
優しくて、温かな音に心が落ち着いていく。

細く、弱い腕が背中に回された。
その細い腕に、井上は心を打たれた。

(そばにいよう。この子が、卒業しても、しっかり歩んでいけるように…)

大きな誓いを胸に、井上は有岬から体を離した。


「有岬、今度の土曜、出かけないか?」

そう問いかけると、有岬は嬉しそうな笑みを浮かべ、頷いた。
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