!剣城中3設定
今年もやってきた。卒業シーズンである3月。毎年凝りもせずにやってくる。嫌だなあ。親しい先輩方と別れたくないっていうのもあるけど、校長の話やら、式辞、答辞、保護者代表挨拶などなど、そういったものが長くてじっとしてはいられず、もじもじしたり椅子に腰かけなおしたりと落ち着きのない行動をとってしまう。あまりの長さに気持ち悪くなったことだってある。辛抱強さが足りないとは重々承知している。が、これはどう頑張っても直らないのだ。我慢しようと思えば思うほど動きたくなる。そこら中が痒くなる。普段繋がっているはずの自分の頭と身体を繋がっているのかさえ疑いたくなるほどだ。あー痒い。靴下のゴムの辺りだとか首のブラウスが触れてる部分だとか普段気にならないところとかとにかく痒い。できることなら今すぐこの式場から飛び出して外で目一杯新鮮な空気を肺に送って、窮屈なところにいたせいで変に縮んだ筋肉を思いっきり伸ばしたい。…やば、欠伸が。脳に酸素が行き届いてないせいなのか、又は長い話で眠くなったせいなのか。多分後者。ちょっと飽きてきたから。もう真っ直ぐ前なんて向いていられない。耳も疲れたのか知らないけど、話の内容半分も聞いていない、というより聞こえてこない。今更だが、席は端で後ろあたり。少しぐらい動いてもあまりわからないという自分にとっては好都合な席。おまけにまだ在校生。卒業生じゃなくてよかった。もし卒業生だったらかなり目立っていたはず。
「卒業生退場」
終わった。よく堪えたな自分。と、言いたいところだが我慢した覚えはない。
「…メール?」
バイブでも音が聞こえるため、こういうマナーが問われるところでは一切音が出ないサイレントモードにしている。電源を切るのが一番早いのだが、自分の携帯の起動が遅いため電源は切らない。注意してもマナーモードにしない奴らなんかよりはよっぽどマシだろう。
「って、これ卒業式始まる前のメールじゃん」
急いでメールを確認すると、送信者は見慣れた名前の人物からだった。
「すみません、さっきメールに気づきました」
「意外と真面目なお前のことだからそうだろうとは思ってたがな」
「意外とってなんですか、京介先輩」
どこからどう見ても真面目じゃないですか、と言えば、俺からして見ればお前真面目そうに見えないんだよ、と返された。失礼だなあ。よく真面目ちゃんだと言われるんですよ。
「そうかそうか」
「絶対話流してますよね」
はあ、っと小さくだがため息をつく。けど、ため息をついた割りには呆れてもいないし、怒ってもいない。寧ろこうやって話が出来て嬉しいほど。先輩は卒業していなくなる。この学校に、先輩は来月からいないのだ。
「京介先輩、卒業おめでとうございます」
「ああ…」
「そういうわけで留年してください」
「どういうわけでそうなる」
「ほら、やっぱり卒業していなくなっちゃえば寂しいし悲しいわけで、もう先輩と日常で顔合わせられないし留年すればまた一緒にいられるじゃないですかだからっ、」
頭の広範囲が急に温かくなった。次にポンポン、と頭の上で優しく弾んだ。それが先輩の手だとわかるまでに少し時間がかかったけど。
「留年はしてやれないが、会おうと思えばいつだって会えるだろ、メールや電話だってできる。それにお前も1年後は卒業だ。俺と同じ高校を受ければ会えるだろ」
「でもっ」
「それでも寂しいって言うならこれでも持っておけ」
少し乱暴に学ランのボタンを外して渡してきた。ボタンがあった場所はだらしなく開いていて、赤いTシャツらしき服が見えた。
「先輩、ワイシャツどうしたんですか。」
「どうせ見えないからいいんだよ」
「ええ!あっ、じゃなくて!このボタンは!」
「なんだ、知らないのか」
「しっ、知ってます!第二ボタンってやつですよね!?」
「意味は?」
「わっ!わかりません…」
「やっぱりな」
知らないなんて珍しいやつもいたもんだ。普通意味まで知りませんよ。意味知ってなきゃ第二ボタン渡す必要ないだろ。うっ…。だいたい、今時知らないやつなんていないんだからな。ううっ…。
「家帰ったら調べてみろ」
「…はい」
「……」
「……」
「…じゃあ、またな」
「っ!先輩っ!!」
「なんだ」
「また…会ってくれますよね…?」
「…ああ」
「約束ですよ?約束破ったら…飛び蹴りします」
「会えなっかたら意味ないけどな」
心配しなくても会ってやる。そう言い残して先輩は去って行った。ちょっと上から目線が気になったけど、京介先輩はあんな感じだからいいか。京介先輩から貰った第二ボタンをぎゅっと握り締め、自分も来た道を戻ることにした。
(第二ボタンは心臓に近い位置にあるため、ハートを掴むという意味がある)
120315
120317*修正
先週まで意味知りませんでした。