バレンタイン

2月14日。今年も風丸君にチョコをあげようと思う。小学校の一年生からずっと好きだった彼に。だけど風丸君にチョコをあげるのもこれで最後だ。わたしは、今年の3月15日に遠くに引っ越しすることが決まった。親の転勤というやつだ。風丸君とはもう会えなくなる。チョコも、渡せなくなる。

いつもわたしがチョコを渡したらにこ、と嬉しそうな笑顔を浮かべた一年生。1日遅れて渡したら笑われた二年生。少し手のこんだブラウニーを作ったら上手いね、と誉めてくれた三年生。靴箱にしまって置いたら他の子の靴箱で渡せなかった四年生。思春期に入り話しかけづらくて、ドアノブにかけようとしたら渡すクッキーがドアノブに掛からなくて結局直接渡した五年生。もう好きで好きで仕方なくて、恥ずかしくて、しょうがないから男子の友達に渡させた六年生。走り去って逃げて行ったわたしの顔は真っ赤だっただろう。中学が別れてしまった一年生。同窓会のとき頑張って教えたメアドにありがとうってメールが来た。嬉しかった。

そして中学二年生。わたしは去年と同じ、近所の彼の家にチョコをおいて置いた。今年はホワイトデーくれるかな。いつもたくさんのプレゼントをくれる彼に申し訳なくも楽しみにしているんだ。思わずふふ、と笑いを零した。

ホワイトデー

ホワイトデーはずるい。風丸君はずるい。わたしは直接彼に会って渡したこともあるし、彼に好きだと伝えたこともある。二年生のときだから風丸君は覚えてないだろうけど。なのに風丸君はいつもわたしの家のドアノブにプレゼントをかけると、すぐに行ってしまう。そして手紙に毎回"ありがとう"と書いてあるのだ。ずるい。風丸君はいつも手紙で逃げてる。わたしのことは好きなわけないけど、だけどそれなら直接渡してくれたっていいじゃない。もしかして嫌いなのかな。毎年鬱陶しかったのかな。

そんなこんなで3月14日。楽しみで、久しぶりの風丸君からの手紙がどうしようもなく、楽しみで。わたしは一日中家に籠もって待っていた。今年はどんなものをくれるんだろう。引っ越しするの知ってるから少し豪華かも。
暫くドアを開けたり閉めたり数時間。外はもう暗く、時計の短針は7を指していた。
遅い、な。いつもなら4時にはドアノブにかかっているのに。もしかしたら好きな人から貰えてわたしのことなんてどうでもいいって思ってるのかな。そう思うと苦しくてしょうがない。

わたしは半ば諦めて風呂へ入ることにした。そんなこんなで風呂から上がる。やはり冬に風呂とは良いものだ。バスタオルを頭に乗っけてふう、と息をつくと頭上からピンポーンというどでかい音が聞こえた。まさか、と思いながらインターホンを見れば画面には彼の姿。

『風丸君…』

部活帰りなのかユニフォームを身に纏い両手には袋が握られている。落ち着かない様子で目線をあっちこっちに動かしている彼はもう一度インターホンを押した。ピンポーンとうるさい音がまた鼓膜を震わせる。
出たいのは山々なんだが、

部屋着で出れない。

わたしの今の格好はびちょびちょに湿っている髪に、灰色のスエット。彼氏に見られたくない格好ナンバーワンなのだ。彼氏じゃないけど。ああ、なんで。なんでこんな時にこんな格好なの。せっかく風丸くんが来てくれたのに。きっと風丸くんはもう会えないから、今日は来てくれたのに。息を止めて画面の彼を見つめる。
画面から風丸くんが消えたのを確認するとわたしは風のごとくドアまで走っていき思い切り開けた。するとどうだろう。
なんと目の前には風丸くんの姿。

「苗字…」

『風丸くん…』

風丸くんはゆっくりわたしの方へ首を捻ると驚くように目を見開いた。そしてすぐに笑顔になって久しぶりだな、とわたしにピンク色の袋を差し出してきた。直接渡したくて、と恥ずかしそうに笑う風丸くんにありがとう、と小さな声で言うとピンク色の袋を受け取った。どきどきどきどき心臓がうるさい。手が震える。わたしはスエット姿を隠したくて(もう遅いけど)じゃあ、と言うとドアノブに手をかけた。本当はもっと話したいけどこの格好じゃ、ね。
すると風丸くんが待て、と若干大きめな声を出したのでわたしは恐る恐る風丸くんの方を見た。
風丸くんは顔を耳まで真っ赤にしながらゆっくり言葉を発していった。

「俺、苗字のことずっと前から好きだったんだ」

『え、』

耳を疑った。今、なんと仰いましたか風丸くん。突然の言葉に勿論思考回路ショート寸前になるわけだが何とか持ちこたえる。だがそれに追い討ちをかけるように風丸くんは続けた。

「本当は毎年直接渡したかったけど、緊張して渡せなくて…だから、今日」

ごめん、と謝る風丸くんにいいよいいよと言う気力もなくわたしはただ首を横に振った。じゃあ、と帰ろうとする風丸くんに今度はわたしが叫ぶ番だ。わたしは待って、と風丸くんを呼び止めると風丸くんはゆっくり顔をこっちに向けた。わたしは深呼吸をして、叫んだ。

『ありがとう、わたしも、風丸くんが好き!』

涙を必死にこらえてまたね、と小さな声で呟くと風丸くんはふ、と柔らかい表情になり、またな、とわたしに手を振って行ってしまった。やば、泣きそう。急いで家の中に入ると、玄関に座り込み袋を抱き締めながらわたしはぽろ、と涙を零した。



バレンタインデーもホワイトデーもとても素敵な8年間でした。



村田さまへ捧げます。


100417






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