リベザルと秋さん2

「リベザル」

呼ばれたのは紛うことなく自分の名前だ。
しかし、リベザルはすぐに反応をすることができなかった。

(今、俺の名前が呼ばれたような)

部屋を見回しても、小さな宿屋の部屋にはリベザルと、キョロキョロと顔を動かすリベザルを、訝しげに見ている秋しかいない。

(気のせいだったのかな)

秋が、自分の名前を呼ぶはずがない。
リベザルがあの手この手を使っても、なかなか覚えてくれないのだ。
頭の中でのシミュレーションではうまくいくのに、現実は厳しい。

(早く日本語を覚えて、あの人が認めてくれる呼び方を考えるぞ!)

そのためには日本語を知らなければならない。
座木に買ってもらった、日本語に母国の言葉でルビが振ってある本を開くと、リベザルは真剣に読み始めた。

だから、気づけなかったのだ。
背後を狙う、怪しい影に。

「リベザル」
「いてっ!」

再び自分の名前が耳に届くのとほぼ同時に、頭に鈍い痛みを感じた。
見上げると、右手を拳のように丸めた秋が立っている。

聞き間違いでは、ないだろうか。
殴られた頭より、心臓の方が痛い。
「あ、あの。今、俺の名前呼びました?」

出会ってから一度も彼の口からまともに呼ばれた試しがない。
用があるときは「えーっと」から始まり「名前何だっけ」に続くのが今までの現状だ。

(まさか、そんな)

秋の答えを待つ、数秒がいやに長く感じる。
リベザルの思いなどお構いなしに、なんてことない顔で、当然の様に彼は言った。

「僕はお前以外にリベザルの知り合いはいないけど。違うの?」

そう問われれば、答えは一つだ。

「違いません。俺が、リベザルです!」

リベザルがそう答えると、「よし、当たった」と小さく言って秋は満足気に笑った。



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