秋さんと零一
「ゼロイチ、熱中症ってゆっくり言ってみて?」
「は?」
突然家に上がり込んだと思えば、いきなり訳のわからない事をいう秋に思わず間抜けな声が出てしまった。
「だーかーら、熱中症ってゆっくり言って」
「なんで」
「いいから早くー」
俺の服を掴み唇を尖らせて駄々っ子のように言う秋に鳥肌が立つ。
身長差のせいで上目使いになる秋と目が合い、その意思の強さから折れることはないと長年の経験で察してしまった俺は諦めて息を吐いた。
「ねっちゅうしょう……?」
「ん、わかった」
何がわかったんだ?という事を伝える前に右の頬に当たった暖かい感触。
秋の顔が近く、頬に当たったものが唇だと気づくのに少し時間がかかってしまった。
「なっ……なにすんだお前!!!」
「え〜、だってゼロイチが言ったんじゃん」
肩に手を乗せ、背伸びした状態の秋を引き剥がし、先程まで温もりのあった頬を手で覆う。
体温が一気に上昇して本当に熱中症になりそうだ。
「ねっ、ちゅうしよう?って」
唇に人差し指を置き、無駄に整った顔を綻ばせて笑う秋に頭がくらりとした。
「こ……このっ!」
「やだー、ゼロイチってばちゅうしよ?なんてだいたーん」
「て、てめえ……」
ケラケラと笑う秋に怒りで肩が震える。
「さっさと帰れ!!」
「うん、またねゼロイチ」
二度と来るな!と何度目かわからない台詞を言い秋を部屋の外に出しドアを締める。
上機嫌な秋の鼻歌がドアから遠ざかって行くのがわかった。
「ねっちゅうしょう、ね」
クーラーのない、扇風機だけが静かに回っている部屋の温度が少し上がった気がした。
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