「人斬りでも、死んだら仏の慈悲とやらで極楽に行けるかな」 周りの喧騒に飲み込まれてしまいそうな小さな声で、銀時はそう呟いた。 ひょっこりとスナックすまいるに顔を出した銀時は必要以上に陽気だった。 珍しくパチンコにでも勝ったのかと始めは思ったが、どうやら少々様子が違う。 時間が経つにつれて言葉少なになっていき、妙が3杯目のグラスに酒を注ぎ足すと、銀時は一口飲んで黙り込んでしまった。 どうしたものかと妙は思案し、とりあえず甘いものでも与えておくかと思い立った時、銀時の口から冒頭の独り言めいた言葉が小さく零れたのである。 妙は戸惑ったように瞬くと、静かに答えた。 「さぁ‥死んだことがないから、わからないわ。でも‥」 一瞬続きを言うことが何となく躊躇われたが、妙は敢えて言葉を続けた。 「極楽に行けても、本人がそれを望んでないなら地獄にいるのと変わらないんじゃないかしら」 「‥‥‥」 そーか、なるほどなァ‥ と呟きながら、銀時はソファの背もたれに埋もれるようにして天井を見上げた。 天井の照明が何となく眩しくて、そのまま手で目を覆って脱力した。 鬼獅子の攻撃を受け止めた左の脇腹が鈍く痛んだ。 とっさに木刀で庇ったからそうひどくは痛まないが、無視できるかというと紙一重な痛み。 その痛みに紛れるようなもう一つの痛みも、銀時はまだ完全に散らせることができないでいた。 目を覆ったまま銀時が黙っていると、妙は静かに微笑んで銀時の髪をふわりと撫でた。 「極楽にも地獄にも行きたくなかったら、それ以外の場所に行けばいいのよ」 銀時は目を開けると、頬杖をついて妙に言った。 「オイオイ、それ以外の場所って幽霊にでもなれってのかィ?」 「あら、銀さんは幽霊なんて信じてないんだから、怖くなんてないでしょ?」 妙はクスクス笑うと、静かに銀時を見つめた。 「心の底から、在りたいと思う場所に在るのが一番幸せだと思いませんか?」 ピン、と銀時の鼻を弾くと、銀時は顔を押さえてテーブルに突っ伏した。 「イテッ!イッテーーーー!!不意打ちはイカンだろ不意打ちは」 「あら軽く弾いただけじゃない。大袈裟なんだから」 「お前の軽くは軽くねーんだよ猫と虎くらい威力が違うってことを自覚しとけ」 いつもの掛け合いが始まったので、妙は小さく安堵しながら銀時の耳を引っ張った。 「誰が虎ですって?」 「いやホラ、あそこを歩いてる猫の毛並みがですね‥」 もごもごと口の中で必死にこの場を切り抜ける言葉を探す銀時に、妙は呟いた。 「‥銀さんは極楽と地獄、どっちに行きたいの?」 「あん?」 銀時は一瞬妙を見つめ、ぼりぼりと頭を掻いてぽつりと言った。 「あぁ、そうだなァ‥どっちにもまだ行く気はねぇが‥」 そこで言葉を切り、何やら言い難そうにたじろぐと急に立ち上がった。 「そういやそろそろ閉店だろ?出血大サービスで家まで輸送してやるよ」 突然立ち上がった銀時を訝しげに妙は見上げた。 「あら、別に平気ですよ?どうせ虎だし」 「バカお前、ここいらはジャングルよりもデンジャーなんだよ」 そう言い置いてテーブルの上に札を置くと、銀時は店を出て裏口に回った。 空を見上げると星が白んで、空の底を照らそうとするように東の方から淡い橙の光が広がり始めていた。 もう少ししたら、陽が昇り始めてまた一日が始まる。 “…在りたい場所に、か。アンタはどっちにいるんだろーな。俺は、まァ‥” ふぁ、という欠伸と共に大きく伸びをすると、銀時は小さく微笑んだ。 『お妙が傍にいれば、どこだっていーや』 (050306) |