たまにはこういうイベントに乗るのも悪くない。 甘いものが大好きなあの人に、心をこめて。 “…チョコレートなら、私にもまともに作れるかしら?チョコを溶かして、また冷やして固めればいいのよね?” 「‥一応、新ちゃんがお世話になってる人だし。深い意味はないのよ、このくらい」 「姉上?どうしたんですか?」 ひょっこり顔を見せた新八に向かって、妙は微笑んで言った。 「いい、新ちゃん?今日はこれ以降、『男子厨房に入らず』よ」 「‥はぁ?まぁご飯はもう済んでるから別に構わないですけど‥」 「ふふ、じゃあ問題ないわね」 訝しげな新八を尻目に、妙は買い込んだチョコを抱えて台所へと向かった。 台所に入ると、買ったチョコと鍋と型を並べた。 そっと新八が様子を窺ってみると、妙はいつぞやフンドシ仮面をひっ捕えた時のように鉢巻を締めて襷掛けまでしていた。 何やら気合十分、準備万端という感じである。 “あ、姉上‥何をする気なんだ‥?” せめて台所は破壊しないでくれと祈る新八に気付かず、妙はチョコを取り出した。 「えぇと…チョコを溶かすにはどうすればいいのかしら?温めるのよね、確か。うーんと…」 鍋にそのままチョコを入れて火を点けてみた。 最初は順調にチョコが溶け出していったが、段々煙が立ち、焦げ臭いにおいが台所に充満した。 “あ、あ、煙が出てる!!ヤバいって!!” 思わず火を消そうと新八が一歩踏み出した瞬間、妙はおっとりと呟いた。 「あら、火が強すぎたのかしら??…もしかして、これが<焼きチョコ>ってものなのかしら?」 “そんな焼きチョコがあるかァァァ!!” 思い切りズッコケながら新八が心の中でツッコミを入れるのと同時に、そんなわけ無いか、と妙は慌てて火を消した。 「うーん…どうするのかしら。いくらなんでも、水で溶かしたりはしないわよね?…あ、お湯を使うのかしら?」 “…姉上は一体、何がしたいんだろう?” 新八がハラハラしながら見守る中、妙は今度は鍋にお湯を入れ、そこにチョコを投入した。 しかしお湯が多すぎたためか、出来損ないのココアのようになった。 「‥どう考えても、これじゃないわ」 妙は考えた挙句、チョコを鍋に入れて、極弱火で溶かしたのだった。 「さて、あとは冷やして固めるだけね!」 そういって、型にチョコを流し込んでいく。 そして固まるのを待つことしばし。 表面を見てみると、どうやら固まってるようなので、 そっとスプーンでつついてみるとぐにゃりとへこんだ。 一つつまんでみると、とりあえずはチョコの味。 「おかしいわね、固まらないわ。あ、これがもしかして<生チョコ>なのかしら??」 “んなわけ無ェだろー!!ポジティブシンキング過ぎますよ姉上ェ!” 激しく心の中でツッコミを入れる新八を他所に、なるほど、と合点がいった妙は型を外そうとした。 が、柔らかいチョコがくっついてしまい、うまく型を剥がせない。 しかたなくスプーンを使って一つ一つ外していく。 「……見た目があまりよくないわね」 しばし思案し、一つ頷くとスプーンで微妙に柔らかいチョコをグニグニと丸くし、上からココアの粉末を振りかけた。 そして用意しておいたラッピングボックスにチョコレートを一つ一つ入れていく。 見た目には、普通のトリュフっぽい見栄えになったのを確認すると、箱を包んで万事屋へと向かった。 後に残った新八は、台所の片付けをしながらホッと胸を撫で下ろした。 「よかった‥台所が爆発しなくて。それにしても‥」 チョコレートの残骸を見つめながら首を傾げた。 「あのチョコは誰にあげるんだろう‥?」 ふっと銀髪の雇用者が頭に浮かび、まさかね、と新八はその考えを打ち消した。 万事屋のドアをあけると、銀時がソファの上でジャンプを枕に昼寝をしていた。 妙は傍に寄ると、無言で肘鉄を銀時の腹の上に落とした。 「ぐえっ!!」 「アラ銀さん、真昼間からお昼寝だなんていいご身分ね」 しれっとそう言い放つと、銀時の前に件の箱を差し出した。 「はい。銀さんにあげるわ」 「……何ですか?コレ?」 「知らないの?今日はチョコで勝負する日なのよ?」 「勝負ってお前‥まァある意味そうだけどよォ‥」 ロマンが無ェなぁと呟きながら銀時が箱を開けてみると、そこには意外に普通の形をしたチョコが並んでいた。 「………」 銀時はぽかんと並んだチョコを見つめた。 “‥驚いた、マジでチョコだ。そりゃちょっとは期待してたけど、まさか本当に貰えるなんてなァ‥ しかも待て、このラッピングからすると手作りか? 手作り‥お妙の手作り‥‥” 「食えるのか?コレ」 思わず声に出して呟くと、妙はにっこりと瞳孔を開いて微笑んだ。 「何か言ったかコラ」 「いえ、何にも言ってません」 不穏な気配を察した銀時は、すかさず箱を手に取った。 “見た目はとりあえず普通だよな‥いや、まだ安心できねー油断するな俺” 覚悟を決めて一つつまんで口に放り込むと、これまた一応チョコの味。 馴染みの味である。ただし少々焦げ臭いのは気のせいだろうか? 「いやきっと気のせいじゃねェ」 ポツリと呟くと同時に妙が銀時の顔を覗き込んだ。 「‥どう?」 「あぁ‥チョコの味がする」 「当たり前だろうが」 「お前の作ったものに常識が通用するわけねェだろ」 「なんですって?」 拳を固める妙を、銀時は慌てて遮った。 「いや、とても美味しいです。ありがとうございます。ところで、この美味しいチョコ、どうやって作ったんですか?」 「鍋に入れて溶かしたんです。中々固まらなくて…」 「バッ、おまっ、チョコを直火にかけたの!?」 「えぇ」 「えぇ。じゃねーよ!!せっかくの糖が発癌物質に変質しちまうだろうがァァ!」 「あら、チョコを溶かして固めただけなんだから、それは正真正銘チョコレート以外の何物でもないわ」 何でそう騒ぐのかわからない、という顔の妙を見て、銀時は頭を掻きながら立ち上がった。 「…しょーがねぇなぁ。銀さんがお手本見せてやらァ」 そういって銀時は、妙を連れて台所へ行った。 隠していた秘蔵のチョコを取り出し、大き目のボールに熱湯をいれ、そのなかに小さなアルミ製のボールを入れる。 細かく刻んだチョコレートを温まったボールに入れると、みるみる溶けていった。 「な?チョコを溶かすのは直火じゃなくて、こうして湯せんにするんだよ。そうすると上手く溶けるし、もちろん焦げつくこともねぇ」 「そうなの、知らなかったわ…銀さんは物知りなのね」 溶けていくチョコレートを見つめながら、妙はこっそりとため息をついた。 “‥今回はうまくできたと思ったんだけど。喜んでもらえなかったみたい‥ね” それ以前に、ちゃんと作り方を調べればいいのだが、その考えに至らないのが妙の妙たる所以である。 ともかく、心なしか元気がなくなった妙を見て、銀時はチョコをかき混ぜていたスプーンを妙の唇にあてた。 「きゃっ」 とてもなめらかに溶けたチョコレートが、妙の唇に優しく触れる。 「これが…なんつったけな、確か『テンパリング』だ。チョコが固形を保とうとテンパッてる間に、柔らかくして加工しやすくするんだと」 (注※激しく意味が違ってます) 「…ふぅん」 妙が無意識に唇についたチョコをちろっとなめると、ふいに銀時が唇を合わせてきた。 「‥‥!」 「…おかわりしてもいい?チョコレート味のお妙ちゃん」 「…言ってることがエロ親父っぽいわ」 鉄拳が飛んでくるかと思ったが、その気配がないとわかると銀時は妙を引き寄せた。 ぎゅっと抱きしめると、かすかに焦げたチョコレートの匂いがする。 思わず口元が緩むのを自覚しながら、妙の髪に頬を寄せた。 焦げていよーが、チョコはチョコ。手作りは手作り。 “神楽に見つからないように気を付けねーとな” そんなことを考えながら、銀時は幸せそうに微笑んでいた。 (050214) |