「確かこの辺にしまっておいたハズなんだけど‥」 外からは夏を惜しむように、蝉がしきりに鳴いている。 強い午後の日差しを受けて、庭は眩しく照らされている。 じんわりと鼻の頭に汗が出てくるのを感じながら、妙は押入れの中で格闘していた。 「‥あった」 一つの箱を取り出すと、押入れの扉を閉めて箱の中身を取り出す。 それはグルグル回す取っ手がついて、縦長の卵のような形をしたかき氷機だった。 取っ手を回すと、軋むことなくグルグル回る。 「大丈夫そうね‥一度洗っておかなきゃ」 立ち上がって台所へ行き、かき氷機をざっと水洗いしていると、銀時がふらりとやってきて、冷凍庫の中をのぞいた。 「お妙〜、氷出来てるぜ」 「そう、じゃあ後は新ちゃんたちが帰ってくるのを待つだけね」 「そういやシロップ買いに行っただけなのに遅ぇなぁ‥あ、練乳は!?銀さん的にはマストアイテムなんだけど」 「さぁ、あったかしら?」 「オイオイ、テンション下がっちまうぞオイ」 「まぁ、銀さんたら今更ねェ〜元々テンションマイナスじゃない」 銀時が目の色を変えて練乳を探し始めようとするのを、妙はローキックで見事に払った。 銀時はもんどりうって倒れこんだ。 「イテェェ‥足癖悪ィってソレ、乙女としてどうなんですか」 ブツブツ呟くと、すかさずギリリと頬を抓り上げられる。 「どこからどうみても、素敵な乙女でしょ‥?」 「ハイ!そうでした。こんな素敵な娘、見たことない。だから勘弁してください」 ふん、と鼻を鳴らすと、妙は大き目のボウルを取り出して銀時に押し付けた。 「わかったら、大人しく氷の準備をしてて頂戴」 「ハイハイ」 銀時がボウルに製氷皿に出来た氷を次々と入れていくのとほぼ同時に、玄関の開く音と賑やかな声が入ってきた。 「姉上、只今戻りました〜」 「姐御〜!見てみて!!綺麗なシロップ買ったアル!」 ドタドタと台所に駆け込んできた2人に、妙は微笑みながら麦茶を差し出した。 「お帰りなさい。こっちも準備万端よ。ね?銀さん」 「お〜‥あ、お前ら練乳買ってきた?」 「え、練乳ですか?シロップしか買ってませんけど」 「マジでか」 そんな2人の会話そっちのけで、神楽はかき氷機を珍しそうに眺めていた。 「姐御、これでかき氷作れるアルか?」 「そうよ、ここに氷をいれてグルグル回すの」 ふうん、と首を傾げると、神楽はシロップを取り出して妙の前に並べた。 「イチゴとレモンを買ってきたアル!姐御、早くかき氷しようヨ〜」 「氷も早くしないと溶けちゃうわね‥」 棚からガラスの器を4つ取り出すと、妙はまだ練乳の必要性を力説している銀時に呆れながら言った。 「あっちの部屋で食べましょう?早くしないと氷が溶けちゃうわ。銀さんは氷、神楽ちゃんはシロップ、新ちゃんはかき氷機を持ってきてね」 そういいながらスプーンも取りだすと、妙は台所を出た。 シャリシャリシャリ。 涼しげな音と共に、雪のような氷片がガラスの器に落ちていき、小さな山を作っていく。 それを楽しそうに見ていた神楽にレモンのシロップをかけて渡すと、大層喜んで嬉しそうにスプーンを口に運んだ。 「わっ、冷たいアル‥でもおいしいネ!」 「神楽ちゃん、あんまり急いで食べると頭が痛くなるよ」 「マジでか」 シャリシャリと音が続き、妙は新八にイチゴのシロップをかけた器を渡す。 「はい、新ちゃんの」 「あ、ありがとうございます」 妙から嬉しそうに器を受け取りながら、新八は台所の方をみてため息をついた。 「銀さん、まだ練乳探してるのかな‥」 そう呟くのとほぼ同時に、銀時が氷の入ったボウルと練乳を手に部屋に入ってきた。 「追加の氷持って来たぜ〜ついでに練乳も」 「あら、あったのね」 「いや、ちょっくら買ってきた」 「アンタ、その情熱を少しは万事屋稼業にも向けてくださいよ‥」 新八に突っ込みに「俺はいつも本気出してるぜ」と言ってのけながら、銀時は妙の隣にどっかり座った。 「フフフ、本当のかき氷ってヤツをみせてやるよ」 そういうと妙からかき氷機を取り上げると、ガラスの器にイチゴのシロップを少し入れて、取っ手を勢い良く回し始めた。 ふんわりと白い山ができると、その上にシロップをほどよくたらし、練乳をとろりと乗せる。 そして妙の前に器を置いた。 「ほれ、お前の分。練乳の威力をとくと味わえ」 妙は目を瞬いたが、スプーンを手に取り微笑んだ。 「ありがとう。それじゃ頂きます」 そういってスプーンを口に運ぶ。 シロップと練乳に溶けた冷たくて甘い氷が、咽喉を滑り落ちていった。 「‥あら、本当に美味しいわ」 「マジでか!?銀ちゃん、私も私も!!」 「神楽ちゃん、あまり食べ過ぎるとお腹壊しちゃうよ‥銀さん、僕も」 新八も苦笑しながら、銀時に空になった器を差し出した。 俺の分が無くならねーだろうな、とボヤキながら、銀時はシャリシャリとかき氷機を回す。 新八と神楽が練乳入りかき氷を堪能しているのを眺めながら、妙はクスリ、と小さく笑った。 外からは相変わらず、蝉の声。 日差しは目を射ようとせんばかりに強い。 ムッと身体を抱きこむような熱気に、滲む汗。 だからこそ、かき氷の冷たさが心地よい。 ―――ふと甦る、遠くて近い父親の記憶。 シャリシャリと、氷を削り続ける音がのんびりと響く。 その音が止み、頬に冷たいガラスの器を当てられ、妙は驚いて我に返った。 「きゃっ、何?」 「ボーッとしてどうしたんだよ?おかわり食う?」 見ると、目の前に今度は練乳付きのレモンのかき氷が差し出されていた。 妙はフフ、と笑うと、器を受け取る代わりに銀時にスプーンを差し出す。 「私はまだちょっと残ってるから、銀さん食べて?作ってばかりだったでしょ?」 すると銀時は、レモンのかき氷を口に運びながら首を傾げた。 「え?俺?俺は今2杯目だけど」 「私3杯目ネ!」 「僕は2杯目です」 「‥コンマ何秒で平らげてるの、あなた達」 妙が呆れていると、銀時がレモン色の2杯目を妙の前に置いた。 「まぁいいじゃん。かき氷は安い原価で効率的に糖分を補給できる優れモンだ」 「姐御、レモンもおいしいヨ!」 「氷もまだまだありますよ」 「そんなに食べて、お腹壊しちゃっても知らないわよ」 そういいつつ、妙は2杯目のかき氷に手を伸ばした。 ―――父上、今年の夏は暑いけど、賑やかでとても楽しいわ こっそり胸の中で呟くと、妙は顔を綻ばせて口の中で溶けていく甘い氷を楽しんだ。 (050828) |