そろそろ日付が変わろうかという頃、真撰組の屯所に電話が掛かってきた。 掛けてきたのは<スナックすまいる>。 すっかり馴染みになってしまったすまいるの店長は、 申し訳無さそうによろしくお願いします、と言って電話を切った。 遅番の部下を連れて店へ入ると、そこにはまたいつもの光景。 薄暗い店内の奥にあるソファに、近藤は泡を吹きつつも満足そうに失神していた。 その横には美しい笑みを浮かべているが、よく見るとまだ少し瞳孔が開き気味の妙。 「今夜もお勤めお疲れさまです。早くこのストーカーを引き取って頂戴」 にこやかに容赦なく言い放つ妙をため息混じりに眺めつつ、土方は連れてきた部下に近藤を任せるとドカリとソファに座り込んだ。 怪訝そうに見つめてくる妙を尻目に、土方は懐から煙草を取り出して火をつけた。 フゥーーと煙をため息と共に吐きつつ、ボソリと言う。 「オレにも何か一杯もらえるか。暑い中人探ししてたから、今日は疲れてんだよ」 「ここは禁煙です」 「そんなスナックあるわけねェだろ」 釈然としないながらも妙は水割りを手早く作り、土方に差し出した。 土方はそれを半分ほど一気に飲むと、また煙草をくわえて天井を見上げながら言った。 「毎度ウチの大将が手間掛けさせてて言うのもナンだが‥」 「息の根を止めないだけありがたいと思ってもらいたいわ」 言い終わらないうちに、妙に言葉を返されて思わず言葉に詰まる。 「‥まぁ、確かにそうだがよ。じゃあ一つ聞くが‥」 くわえ煙草のまま、妙に向き直る。 「近藤さんのどこがイヤなんだ?悪い男じゃねぇぜ?」 妙はにっこりと笑んで、言った。 「全部です」 「‥‥‥」 絶句する土方に構わず、妙は言葉を続ける。 「でも、嫌いじゃないわ。だから困ってるのよ。それに悪い人じゃなくても、こちらの話を全く聞いてもらえないんじゃ、お話になりません。好き嫌い以前の問題よ」 「‥おっしゃる通りで」 水割りを一口飲んで、土方はふと不思議に思った。 「‥でも嫌いじゃないんだな」 チッ、と舌打したそうな顔になって妙は言った。 「えぇ。何でかしら?嫌いじゃないわ」 妙は氷を浮かべたミネラルウォーターを一口飲んで、一瞬黙り込む。 無言のまま言葉の続きを待つ土方に聞こえるかどうかの小さな声で、呟いた。 「‥‥父上にちょっとだけ似てるからかもしれないわ。あの人、いつも真っ直ぐだもの」 志の通し方が清潔な人。いつも背筋を伸ばして、真っ直ぐ前を見ている人。 そんな人を嫌いになれるわけがない。 自分もそう在りたい、と思っているのだから。 ふと、土方が自分をじっと見ているのに気付いて、妙は土方を軽く睨んだ。 「だからこそ、付き纏われるとウンザリするんです。このことに関すると、潔さゼロで差し引きマイナスですね」 キッパリ言い放つと、黙ったままの土方に酒を注ぐ。 土方はその姿を眺めながらボンヤリ考えていた。 意外とちゃんと見てるんだな。 しかしこれは‥あれか?何て言ったっけか? 「‥ファザコンか?」 思わずポロリと口をついて出た言葉に、妙は無言で土方の顔の横にアイスピックを突き刺した。 「今なんつったテメェ」 「スンマセン、オレが悪かったです」 チッと今度は舌打をしつつアイスピックをしまう妙を見て、土方は冷や汗を拭いつつ新しい煙草に火をつけた。 「アンタに迷惑がなるべく掛からねェよう、オレ達も努力してるんだがな。あの人が本気になると誰も止められねぇんだよ。そのくらいあの人が本気になったのは、アンタが初めてだ」 「‥‥」 「だが、出来る限りのことはするぜ。アンタに嫌われちまったら、あの人ァ立ち直れないだろうからな」 そう言うとテーブルの上に札を置き、立ち上がって店を出た。 屯所までの道のりを歩きながら、土方はふと気付く。 他に、もっと効果的に諦めさせる方法もやろうと思えば出来るだろうに。 真正面からぶつかっていく近藤を、真正面から撃沈しているのは義理堅いというか。 少々というかかなり容赦ないが、正直に向き合ってるって言えるかもな。 ちょっとだけ似てるかも知れねェ。近藤さんとお妙サンは。 「…近藤さんが本気になるだけあるな。いい女だ」 小さく笑うと、煙草を吹かして夜空を見上げた。 澄んだ空気の中で、少し欠けた月が銀貨のようにピカリと輝いていた。 (041128) |