「ぶえッくしょい!!」 今日何回目になるか最早数える気にもなれないくしゃみをして、銀時は鼻をかんで気怠く天井を見上げた。 「ふゎっくしゅんッ!!……銀ちゃん、何アルかコレ?目がカユくてシパシパするヨ」 神楽も赤い目をゴシゴシ擦りながら、さっきからくしゃみを連発している。 「あぁ…こりゃ最近大流行してる新種の風邪だ。ウイルスだ」 「マジでか」 大真面目な顔で銀時が力説していると、新八が呆れたようにため息をついた。 「何言ってるんですか、これはどこからどう見ても花粉症ですよ」 「いや、そんなこたァ在り得ねェ」 「在り得ねェってアンタ、さっきから目ェ真っ赤にしてくしゃみ連発してるだろーが」 そういう新八は超立体マスクで鼻を完璧にガードしていた。 どこから持ってきたのか、手には目薬を持っている。 「‥あぁダメだよ神楽ちゃん、そんなに擦ったら。ほら、目薬点した方がいいよ。ハイ」 「うぅ…」 神楽は差し出された目薬を受け取って目に点そうとするが、滴が落ちる前に思わず目を瞑ってしまい、なかなかうまく点すことが出来ない。 その様子を見るともなしに見ていた銀時は、思わず吹き出した。 「神楽ァ、点す前に目ェ閉じちゃダメだろーがよ、ブハハッ」 「うっさいアル!」 腹立ち紛れに目薬を銀時に投げつけると、丁度ドアが開いて入ってきた人物の額に見事にヒットした。 「…あらあら随分な歓迎振りね?」 瞬間、部屋の空気が一気に氷点下まで下がったのを3人は肌で感じ取った。 そんな中、最初に動いたのは神楽である。 「姐御ぉぉ〜!銀ちゃんたらひどいアル!目薬点せないってバカにするヨ〜」 「まぁ、大人気ないわねェ。だからってすぐモノを投げちゃダメよ?」 ここぞとばかりに飛び付いてきた神楽を受け止めると、妙はキッチリとデコピンをお見舞いした。 「…!ご、ごめんアル」 「ふふ、イイ子ね。今度はショートフックの一発でもお見舞いしてあげなさい」 「オイオイ、これ以上バイオレンスな教訓叩き込んでどーすんだ」 「侍は拳で語り合うものよ」 「姉上、それなんか違う」 妙は向かいのソファに座ると、買ってきたばかりらしい目薬を取り出した。 「神楽ちゃん、こっちにいらっしゃい?目薬点してあげるから」 その言葉を聞いて、神楽は嬉しそうに妙の膝の上に転がった。 その様子を見て、銀時は覇気のない声で神楽に言った。 「オイオイ大丈夫かよ?神楽、目ェ潰されないように気をつけた方がいいぞ」 妙が無言で銀時にTVのリモコンを投げつけると、見事に角が銀時の額を直撃した。 ふぎゃっという銀時の悲鳴をBGMに、妙は神楽の瞼を押さえて手際よく目薬を点していく。 「うぉぉ‥!冷たくて気持ちいいアル〜」 そのまま神楽が妙の膝に懐いているのを見て、銀時は普段よりも1.5倍ほど眉と目を引き締めて妙を見つめた。 「お妙ちゃんお妙ちゃん、僕も目がかゆいんだけど」 「「「黙れ天パ」」」 「うおっ!何お前ら、みんなして銀さんイジメ!?」 実はかなり本気で言ったつもりだったのに。 新八だけでなく神楽と妙にもティッシュや目薬の箱を投げつけられ、銀時は不貞腐れてジャンプを顔に載せて不貞寝を始めた。 新八はやれやれとため息をつき、続いてくしゃみを一つして鼻をかんだ。 銀時が不貞寝を始めると、その寝息に誘われるように神楽がウトウトし始め、ついで新八もゆっくりと舟を漕ぎ始めた。 花粉が殺人的に飛来してるとはいえ、春である。 寝息の三重奏に囲まれて、いつしか妙も眠くなってきた。 膝の上が少し重くなったような気がして、妙は不意に目を覚ました。 「‥寝ちゃってたのね、私」 壁の時計を見上げると、そんなに時間は経っていなかったのでホッと息をついた。 膝の重みが何となく気になって視線を下げると、そこには銀髪の天パ頭が気持ち良さそうに寝息を立てていた。 神楽はどこへいったのかと見ると、銀時の腹を枕に熟睡している。 妙は一つため息をつくと、銀時のこめかみをギリギリと両手の拳骨で締め上げた。 「‥イテ、イテ、イデデデデ」 「あらお目覚めかしら?どさくさに紛れて何してんだテメー」 「いや、ちょっとした出来心で‥つーか、ほれ、神楽ちゃん起きちゃうから。その辺で許してください」 ちっ、と舌打すると、妙はとりあえず銀時のこめかみを解放した。 「うー痛ぇ‥」 「自業自得でしょ」 呻く銀時にさらりと言い放つと、妙は銀時の目を覗き込んだ。 「あら銀さん、目が真っ赤よ?」 「あぁ、これは新手の風邪だ。最近の風邪は目にも来るんだぜ」 「花粉症でしょ?目薬貸してあげてもいいわよ?」 「いや、そんなはずはねェ」 「何をムキになってるんだか‥」 妙がため息をついて目薬をしまおうとすると、銀時がその手首を掴んだ。 「‥もう一度シメられたいのかしら?」 「いや、そうじゃなくて!‥‥さっき神楽にしてたのをしてもらいたいな〜、なんて」 「あら、私が目薬点すと目が潰れそうで怖いんでしょ?」 つん、と妙が顔を逸らすと、銀時はあー、その、なんだ‥と苦笑して妙の顔を引き寄せて囁いた。 「‥ちょっと羨ましかったんだよ」 妙の頬が刷毛で一撫でしたように朱く染まった。 その様子に銀時は小さく微笑み、そのまま口付けようとした瞬間。 ムズムズと銀時の鼻の奥が騒ぎだした。 「‥‥ふぁ、」 その気配を瞬時に察した妙は、素早く銀時の身体を蹴り落としてソファの影に身を隠した。 「ぶわッくしょい!!」 ソファの影から、どさりという音と共に盛大なくしゃみが聞こえたかと思うと、のっそりと銀時が立ち上がって妙を恨めしそうに見下ろした。 「イテテ…オイオイ、ヒデーじゃねぇかお姉サン」 「だって飛沫を被るのはイヤだもの。これから仕事だし」 にっこりと言い放つと、妙は時計を見て立ち上がった。 「だからってお前‥」 「あらもうこんな時間。そろそろ行かなきゃ。それじゃ銀さん、お大事にネ?」 銀時が口を挟む間もなく、新ちゃんと神楽ちゃんによろしくね、と言いながら妙は万屋を後にした。 あとに残された銀時は頭をガシガシ掻きながら項垂れた。 「あーあー雰囲気台無しだコンチクショー!覚えてろよ!」 そう喚く銀時の背後で、神楽と新八がしたり顔で頷き合っていた。 「銀ちゃんも始めから素直になれば良かったアル。悪足掻きして未練たらしい大人はカッコ悪いネ」 「どっちにしても僕は認めませんけどね」 「ひどっ!!お前らには情けってねーの!?つーかいつ起きたの!?」 「「ウメボシのあたりから」」 「ウソォォォ!!」 そしてのどかに春の日は暮れていったのだった。 (050321) |