―――雪の降るような寒い日は、あんまり好きじゃない。 物陰に隠れ、寒さに震えながら飢えに耐えていたあの日を思い出しそうになるから。 自分の手から、何か大切なものが滑り落ちていくような感覚を思い出しそうになるから――― 肌を刺すような寒さで妙は目が覚めた。 布団から出るのを躊躇ってると、どさりと何かが落ちる音がした。 上着を羽織ってから窓を開けると、一面の雪景色が広がっている。 「わぁ…綺麗!道理で寒いはずだわ。…あら?」 見ると銀時が雪玉を作りながら妙の方に歩いてきた。 「よぉ」 「この寒いのに、人の家のお庭で何をしてるんです?」 「珍しく積もったからよ〜、散歩がてら寄ってみたんだよ」 そう言うと、銀時は雪玉を庭の木へと放り投げた。 雪玉は放物線を描いて木に命中し、どさりと積もった雪が滑り落ちる。 「‥さっきの音はこれだったのね」 「あん?もしかして起こしちまったか?」 「いえ、そのちょっと前に起きてたから」 そう言って妙は庭へと降りた。 白い雪の中にいる妙は、雪の中に溶け込んでしまいそうに見える。 だが背中に流れる艶やかな黒髪と、黒目がちの瞳が鮮やかに雪に映えていた。 サクサクと楽しげに雪の中を歩く妙を無意識に目で追っていると、凍った池に反射した陽の光にまともにぶつかり、銀時は一瞬目が眩んだ。 「うぉっ‥朝日は強烈だなオイ」 しばらく瞬きをしていると、徐々に視界が戻ってきた。 ‥が。 「‥あれ?お妙?」 さっきまで庭を歩いていたはずの妙の姿が見当たらない。 「ちょっ、お妙?どこ行った?」 辺りは雪がすべての音を飲み込んでしまったかのように静まり返っていた。 ふいに、今朝見た夢が蘇る。 懐かしいけど、懐かしむにはまだ少しばかり重すぎるあの頃の夢。 夢に見るのはいくらしっかりと握りしめていても、気がつけば何も残っていない自分の手。 ふとしたきっかけで容易く蘇る、圧倒的な喪失感――― 「‥お妙!」 思わず声を上げると、玄関に通じる家の陰からひょっこりとお妙が顔を出した。 「どうしたの?銀さん」 「あ‥‥うん、いや別に」 銀時がもそもそと呟いていると、寒さに身を縮ませながら妙が銀時の方へ戻ってきた。 「やっぱり玄関の方、雪が思ったよりも積もってたわ。後で雪かきしないと、外に出れないわね」 自分を見つめたまま動かない銀時を見ると、妙は首を傾げて顔を覗き込んだ。 「銀さん?あまりの寒さに凍っちゃったのかしら?」 銀時は無言のまま、妙の頭や肩や腕や背中を確かめるようにポンポンと叩くと、不意に妙を抱きしめた。 妙はその唐突さに驚いたが、ゆっくりと銀時の背中に両手を回して抱きしめ返した。 「‥銀さん」 「‥あぁ。悪ィ」 そう言いながら、力を緩めたら妙がいなくなってしまうように思えて、銀時は腕の力を緩めることができなかった。 ―――これじゃ抱きしめられてるのか、しがみつかれてるのかよくわからないわ ふふ、と小さく笑むと、妙は銀時の顔を両手で包み込んで真っ直ぐに見つめながら言った。 「銀さん。私はここにちゃんといるわ」 銀時は妙の吸い込まれるような黒い瞳を見つめ返していた。 雪に映える黒は鮮やかにその存在を主張しているように見える。 「生憎だけど、そんな簡単にはいなくなりませんよ?」 にっこりと妙が笑むと、銀時は決まり悪そうに目を泳がせた。 「‥あ〜、そういや新八にまだ今月の給料渡してなかったっけ」 「だったらさっさと仕事に行けや」 そういって妙はぎゅううと銀時の両頬をつねった。 「いひゃいいひゃい!らいひゅうひはははうはは!」 「何がそんなにおもしろいのかしら?」 銀時は妙を放すと、両手で自分の頬を妙の手から解放させた。 「痛ェェ〜!お前ちっとはだな、手加減つーのを覚えた方がいいと思う絶対」 「最初から雇用者としての責任を果たしてくれてるなら、私もこんなことはしません」 「スミマセンでした」 ヒリヒリする頬を両手で包むと、銀時は妙の肩口に顔を埋めた。 そのまま妙を抱きしめると、小さく呟いた。 「‥こんな寒い日は、いろいろと思い出しちまうんだ」 「‥そう」 「‥なぁ、一つお願いがあるんだけど」 「なぁに?」 「もう一度名前呼んでくれねェか?」 「ふふ、仕方がないわね」 妙は小さく笑うと、銀時の頭を優しく抱きしめた。 「‥銀さん」 確かなものは、腕の中の温もりと鼓膜を震わす愛しい声。 そして自分を見つめる、真っ直ぐな黒い瞳。 すべてを自分に刻み込もうとするかのように、銀時はゆっくりと目を閉じた。 (050103) |