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長髪の魅力

いつもの如く屋上に拓磨、真弘、祐一と珠紀が、特に何をするでもなく集まった。
もう戦いは終わり、今は平凡だが平和な日常が続いている。
暖かいと呼ぶには暑すぎる陽気が辺りを包み込み、もう夏間近を知らせるような気温。
半袖にそろそろ衣替えか、と思いながら珠紀は手で顔をパタパタと仰いでいた。

「はーっホント、暑くなったね」
「そうか?俺はそこまで暑くはないが」
「なーに言ってんだぁ珠紀、こんくらいどーってこたぁねーだろ」
「真弘先輩は存在が暑いからっすよ」

珠紀の漏らした言葉に祐一がいつものような口調で返したかと思うと、横から真弘が口を挟む。
けれどその真弘の言葉にぼそりと拓磨が言葉を漏らし、真弘が叫び出す。
折角落ち着いたというのに、真弘が椅子から立ち上がって隣に座っていた拓磨に突っかかった。
面倒くさそうにしながらも真弘が拳を握ったので、否応なく立ち上がりそれを片手で受け止める。
こんなやり取りも幾度となく行われたため、珠紀もすっかり慣れていた。

「ただ…珠紀」

すると不意に名前を呼ばれ、珠紀は視線を祐一へと向け首を傾げた。

「何ですか?祐一先輩」
「お前は、首元が暑そうだ」
「あーそれ、俺も思ってたんすよ」
「え?」

祐一の言った言葉に真弘を落ち着かせた拓磨が頷き、ますます珠紀は首を傾げた。
それから自分の首元に手を当てて、納得したように笑う。

「髪のことですか?」
「あぁ」
「確かになーお前それ邪魔じゃねーのかー?」

目を伏せ頷いた祐一の隣で、真弘が腕を組んだまま眉を潜める。
それに対し、拓磨がたい焼きを口に入れながら言った。

「なんで女って髪長いんすかね」
「拓磨ぁ、そりゃならではの魅力ってやつがだな…」
「いや、短い髪の女もいるぞ真弘」

何か力説しようとした矢先に祐一に遮られ、不満そうに表情を歪めながら真弘は仕切り直したように咳払いをする。
それから黙々とたい焼きを食べている拓磨の目の前に向かって、人差し指を勢い良く突き付けた。
驚いたように目を見開く拓磨を無視して、真弘は口を開く。

「そもそも、お前考えたことねーのかよ!」
「?何をっすか…」
「髪だよ髪!」

煩く叫ぶ真弘とは反対に、たい焼きの最後の一口を食べ終えた拓磨が眉間に皺を寄せる。
それからどういう意味かと首を傾げれば、当人そっちのけで真弘が熱く語り出した。
正直、この場にいる全員が一瞬にして面倒くさくなった瞬間だった。
祐一に関しては、寝ていてそれどころではなかったかもしれないが。

「いいか?珠紀で考えてみろ、あのいつも長い髪が暑いからと言ってポニーテールにでも結うとする」
「ちょ、ちょっと先輩、何で私なんですかっ」

珠紀の言葉を無視して、真弘はなおも熱く語る。
遠い空を見て言っているあたり、真弘自身は珠紀で考えてはいないのだろう。

「普段見えない白いうなじが、髪の隙間から見えるあの瞬間…っ!かーったまんねーよなぁ!」
「そ、そう言われても困るんすけど…」
「なーんだ拓磨、まだわかんねぇのかよ!」
「いや、わからないと言うか…」

戸惑う拓磨は当たり前だが、寝てしまった祐一に助けを求めることはできない。
珠紀は少し頬を染めて、けれどいつものように真弘に小言を言っていた。
そこでふと、真弘の先ほど言っていた言葉が頭を過り、拓磨は黙って珠紀を見つめることにした。
今は長い髪がそのまま下ろされ、腰近くまであるそれ。
綺麗なストレートは風が吹く度にさらさらと宙を舞い、バラバラになる。
瞬間、ポニーテール姿の珠紀を想像して思わず拓磨の喉が鳴った。
高い位置に結ったら、垣間見える白いうなじが容易に想像できてしまい、小さく息を吐く。

「…いいかもしれない、な」
「え?」

ぽつりと呟いた言葉に珠紀が反応して、真弘を叱っていたにも関わらず顔をこちらに向けた。
緩く笑って、なんでもない、と言えば珠紀は疑いもせずにまた真弘に向き直って。
その動作で髪が風に靡かれ、髪と髪の間から白いうなじが一瞬だけ見えた。
息を飲み込めば、たまたま目の合った真弘ににやりと笑われる。
嫌な予感しか感じられなかった拓磨は急いで目線を逸らし、珠紀をも視界に入れないようにした。

例えば、その白いうなじに噛み付けたら、なんて。

軽くかぶりを振って、拓磨はその感情を奥へ追いやると、頭をガシガシと掻いた。
そんな考えをする暇のある、いつもと変わらない平和が続くのはこんなに良いことなのかと改めて実感して。
いつの間にかまた寝入っている祐一や、面倒くさそうに小言を聞く真弘。
それから未だ真弘に説教している珠紀に、何も変わらないなと拓磨は誰にも気付かれないようにくすりと笑った。


2012/06/28

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