小説 | ナノ



涙を止める処方箋

時刻はもう夜中の一時を指していた。
外は暗く、静けさが辺りを包み込む。
そんな中、目の前でうずくまり小さく肩を揺らす珠紀に、どうすればいいのかと拓磨は頭を抱えていた。
滅多にその笑顔が崩れることなどないからか、余計に対処に困るらしい。
気の聞いた言葉など言えるわけもない拓磨は、宙を浮いたままの片手を頭へと持っていき。
その気配に気付いたのか、珠紀がびくりと肩を揺らして目許を拭う手を退け、拓磨を見上げた。

「…たく、ま…」「あー…泣くなんて、似合わないぞ」
「…ごめ…そう、だよね…っ」

拓磨のぶっきらぼうな言葉に泣き止もうとするも涙は止まらず、ますます気まずくなる。
それを見た拓磨が慌てて付け加えるように口を開いた。

「その、あれだ…お前は笑ってるほうが似合う」
「…う、ん」
「だから、笑うためなら、泣いてもいいんだ」
「た、くま…?」

首を傾げて見上げる珠紀に、拓磨は少し恥ずかしそうにしながらもハッキリとそう言った。
電気も付けずにいるこの暗い部屋で、拓磨の瞳が月明かりに照らされ鈍い輝きを放つ。
その瞳は真っ直ぐに珠紀を見つめ、揺れる珠紀の瞳を捉えた。
まだ止まらない涙は、目尻に溜まっては零れ落ちる、を繰り返す。
瞳から視線を逸らした珠紀に、拓磨は黙ってゆっくりとその場に腰を下ろした。
相変わらず辺りは静寂に包まれていて、音といえば珠紀の時々鼻をすする音くらい。
それ以外はしんと静まり返り、この場に二人しかいないのがよくわかった。
暫くして、まだ泣き止みそうにない珠紀を拓磨が困ったように見つめて。
必死に目許を拭うも、目のあたりが赤く腫れるだけだった。

「…珠紀」
「ごめんね、ごめん…すぐ、止まるから、すぐ…っ!」
「珠紀、いいからこっちを向け」

そう声を掛ければ、珠紀が恐る恐る目許を拭う手を退けて拓磨を見つめ返した。
その瞳を見つめる拓磨がとても穏やかに笑って、そっと珠紀の目尻に指をあてる。
溢れ出た涙が添えられた拓磨の指を伝い、床に落ちた。
訳がわからずぽかんとしている珠紀に、拓磨は指を退けてゆっくり顔を近付けると、その目尻に軽い口付けを一つ。

「た、拓磨っ…?」

驚いて声を上げた珠紀の顔はほんのり赤く染まり、離れた拓磨を見つめる。
ふっと笑った拓磨は、目を少し細めて口の端を上げた。

「おまじない、だ」

涙が止まるようにな、と言った拓磨に目を丸くして。
じっと見つめていれば、自分のしたことが今更恥ずかしくなったのか、顔を薄く染める拓磨。
触れた箇所に手を添えれば、まだ残る感触。
気恥ずかしい感覚に襲われながらも、暖かくなる胸の内。
気付けば確かに涙は止まっていて、笑うしかなかった。
涙の跡や目も少し腫れていたけれどいつものように笑えば、変な顔だな、と言いつつも拓磨も笑って。

「ありがとう、拓磨」
「…別に、俺は何も」

ふいっと逸らされた顔を見つめて、もう一度笑った。


2012/06/13

- 6 -
[*前] | [次#]ページ: