小説 | ナノ


ひんやりとしたそれは、見るからに美味しそうで。
それを見たら、真っ先に浮かんでしまう「誰か」さん。
まだ知らないかな、もしかして知ってるかな、とそんな些細なことで嬉しくなる。
今度「誰かさん」に教えてあげよう。
少しだけ口元を緩めて、珠紀は帰り道を上機嫌で歩いていた。

好物+大好物=独り占め

「拓磨」
「あー?」

昼休み、珍しく他の守護者がいない今日。
なんでも遼を除き、他の守護者は家で重大任務があるとかで作戦会議中なのだ。
遼はと言えば、どこをほっつき歩いているのだか、学校に登校せず家にもいないそうだ。
珠紀だけはその作戦会議には入れてもらえないらしく、不貞腐れていた珠紀と共に拓磨も残った。
その重大任務とやらがなんなのかは知らないが、除者にされるのは納得いかない。
残ろうと暴れた珠紀を拓磨が止めて、学校まで引っ張って来たのだった。
二人が学校に着いた頃には拓磨の説得もあってか、珠紀の機嫌はすっかりよくなっていた。
そんなわけで二人しかいない屋上は、やけに広く。
外で楽しそうにしている声がさらさらと風に乗って耳に入り込む。
自然と目を細めて、美鶴の作った弁当を二人は食べていた。

「知ってる?新商品として出た、たい焼きの事」

そういえば、と卵焼きを口に含んで何気なしに言う珠紀。
すると今までぼけーっとしていた拓磨が、急についっと珠紀を見つめて。
なんだそれは、と興味津々だった。
そんな拓磨にぷっと笑って、知らなかったんだと心の中で少し嬉しくなっていた。

「暑い夏にピッタリの、ひんやりたい焼きだってさ」
「…美味そうだな、それ」

前に見かけたたい焼き。ひんやりとしていて夏にピッタリなんだそうだ。
どんな味がするのか、までは知らないがどうやらしんなりとしているらしい。
期間限定と言っていたが、今もやっているだろうか。
珠紀はそんな考えを巡らせながら、拓磨も同じ事を考えているようで、真剣な顔をしている拓磨に思わず心が暖まる。
雲ひとつない空から、まるでサウナにいるかの如く降り注ぐ光。
日陰は多少涼しいが、あまり変わらないくらいの暑さだった。
弁当を仕舞いながら、涼しい風を起こそうと制服をパタパタと扇ぐ珠紀。
そんな珠紀を横目にしつつ、拓磨がなァ、と呼び掛けた。

「何?」

扇ぐ手は止めず、視線を拓磨へと向ける。
その視線を受けつつ、首に手を当てながら言った。

「…帰り、そこに寄ろうぜ」
「うん?いいよ、拓磨好きだねたい焼き」

あははと笑う珠紀に何故か頬を染める拓磨。
あれ、と拓磨を覗き込むようにして見ようとしたら、拓磨にすんでのところで立たれてしまった。
変に思うも、離れていく拓磨を追いかけるように立ち上がれば、丁度気持ちのよい風が吹き抜ける。
まぁいいか、と笑って拓磨に近付けば小バカにしたように笑ってきて。
むぅ、と頬を膨らますとますます拓磨は笑って、珠紀の頭を小突いた。

「何て顔してんだよ」
「いたっ…もう、拓磨その癖、止めた方がいいよ?」

小突かれたところを手でさすりながら、でも笑って。
昼休みが終わるチャイムの音が響き、二人は屋上から教室へ戻ろうと踵を返して扉へと向かう。
取り付けた放課後の約束は、たい焼きが気になるだけでなく珠紀と一緒に食べたかったから、なんて拓磨はきっと口が滑っても言わないだろう。
無邪気に笑って振り返る珠紀に、口の端を少しあげて。
その珠紀の言うひんやりたい焼きとやらはどんな味かするのだろうかと、拓磨は靡く珠紀の髪の毛を見つめながら思っていた。


2012/06/11

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