小説 | ナノ
二人だけの天体観測
夜遅くに寮を抜け出して、寒くなってきた外の気温に対応するために上着を羽織る。
そうしてとたとたと歩き出し、ゆっくりと扉を開けた。
カチャ、と音をたてて開けながら身体をその隙間へと滑り込ませれば、無事外の冷たい空気を感じることが出来る。
「さむ…早く行かなくちゃ……きゃあっ」
寒さに耐えつつ、服をぎゅっと掴んで月子は歩き出す。
向かう先は、不器用な彼の待つ屋上。
こんな夜遅くに抜け出して怒られないかな、と考えながら道を急げばいつの間にか早足になっていたようで。
何もないところでつまづいてしまって初めて気付いた。
ぐらりと視界が揺れて、頭から地面に落ちていく。
咄嗟に腕を伸ばして何かに掴まろうとしたら強い腕にぐっと引かれ、地面に激突するはずこ頭部は誰かの胸元に思い切り直撃する。
ハッとして慌てて上を向けば、案の定呆れたようにこちらを見下ろす哉太がいた。
「ったく、何やってんだよ…危なっかしい奴だな」
「か、哉太っ…?!」
「迎えに行くって言っただろ!勝手に出歩くなよ…お前はもう少し危機感ってもんをだな…」
心配そうに、でも説教染みた事を言う哉太。
ごめん、と少し俯いて言えば、強く掴まれていた腕が離され哉太がぎこちなく月子の頭を撫でる。
視線を逸らして頬を染めながら撫でる哉太に、月子まで恥ずかしそうに俯く。
先ほどまでの寒さは何処へやら、外の冷たい風は顔に集まる熱を冷ますのに丁度よかった。
まだ哉太の胸元に顔を当てていたことに気付き慌てて離すと、哉太も首に手を当てて頬を染める。
少しの間が空き、このまま突っ立っているわけにもいかないので二人とも互いに目をあわせてぎこちなく歩き出す。
肩を並べて歩く屋上への道は、長いはずなのに短く感じられた。
「…わぁ、やっぱり綺麗っ」
「はしゃぐなよ…ってお前なぁ」
屋上に着いた途端言ったそばからはしゃいで走り出す月子に、ため息をつく哉太。
柵に辿り着くとこちらを振り返って早く、と急かす。
そんな様子に自然と口元が緩み、さも面倒くさそうに歩き出せば月子が笑った。
柵にまで行くと、一度振り返ってそれからまた空を見上げる月子。
そして嬉しそうにある方向を指差して、星の名前と正座を言い始めた。
今はもう冬に近く、また新しい季節毎の星が瞬くのだ。
哉太も自然と夜空を見上げ、綺麗に瞬く星を眺める。
まるで一つ一つの星が自分はここだ、と主張しているかのようだった。
「…っさむ…」
ふわりと吹く風はすっかり冷たくなり、頬が冷える。
ほぅっ、と息を吐けば白い息が空中を漂い、消えた。
流石にこの時期、しかも冷え込む夜に外となれば当然のように寒い。
上着を羽織っていたとしても、寒いことに変わりはなく。
視線を手に写し、手を擦り合わせて暖かくしようと試みるもあまり効果はなかった。
「寒いんなら、手…貸せよ」
「?どうして…」
「い、いいから…!貸せ!」
そう言うと無理矢理月子の手を引き、自分の手と絡めたまま上着のポケットの中へと一緒に入れてしまった。
ポカンとして哉太を見つめる月子に、哉太は頬を染めながら素っ気なく振る舞い手を強く握る。
月子も少し恥ずかしそうに俯くと哉太にくっついて、より密着してポケットの中に入れられている手を眺めた。
じわじわと暖かい哉太の手を伝って、月子の冷えた手が暖まっていく。
狭いポケットは片手で精一杯だけれど、それがいい。
隣に立つ哉太を見れば、視線に気付いたのか星を眺めていた目がこちらを向く。
「…な、なんだよ」
「ううん、ただ…珍しかった…から」
未だ二人の片手はポケットの中へと収められていて、頬が火照るのは否めなかった。
月子が恥ずかしがれば、哉太まで頬を染めて。
付き合いだして大分経つというのになかなか慣れない二人に、短い沈黙が訪れる。
ほぼ無意識に二人とも空を見上げ、口許を緩ませた。
星は、心を落ち着かせてくれるのだ。
「…そろそろ、戻るか」「うん…」
少しの二人だけの天体観測は終わりを迎えたようだ。
哉太がギュッとポケットの中で繋がった月子の手を握る。
月子もそれに応えるように握り返すと、残念そうに目を伏せた。
それを見た哉太が二ッと笑って。
「また…見ような、二人だけで」
そう言うとさっさと歩き出して、ポケットで繋がっている月子も引っ張られるようにして歩き出す。
月子は夜空に輝く星を哉太の背中越しに見つめながら、今はただ、この暖かさに微笑んでいた。
冷たい風が髪を靡かせ、ふわりと服が泳ぎ出す。
頬を掠める風は、先程よりも温かく感じていた。
2012/06/11
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