小説 | ナノ


ハッピーバレンタイン

バレンタインと言う日ほど厄介な事はない。
あちこちで可愛らしい袋を持ち歩く女たちが、きゃあきゃあとそれは楽しそうに話している。
こういう空気はどうにも良くない。
男からすれば1日気が気じゃないし、気にしないようにしていても目に入ってしまうのだから無視しようがない。
はぁ、と一つ深いため息を吐いて、目の前のクロスワードに集中することにした拓磨。
けれどもその内容はなかなか頭に入らない上、問題がバレンタイン仕様なため余計気にする羽目になってしまった。
「…どこもかしこも、なんでこうなんだ…」

また一つ、深いため息が出てしまうのは致し方ないことだった。
しかし、他にやることがあるかと言われても答えはノーで。
半分嫌気がさしながらも、ペンを手に取った。
だというのに、教室に入ってきた女がものの見事に興味を削いでくれた。

「あ!珠紀ちゃん、おっはよー!」
「おはよう!はい、これどうぞ」
「わーっ!いいの!?」
「もちろん」

笑顔で言う珠紀が、朝から元気なクラスの女の目の前にラッピングされた袋を渡した。
他にも大きな手提げ袋から取り出すと、他のクラスの女たちに渡しだす。
そこから始まる女同士の渡し合いは、何度も言うが男たちからすれば気になってしまうもの。
ちらちらと無意識に目が行くものであり、またそれを抑えようと必要以上にそちらを向かないようにしてしまうのだ。
興味がない振りをしている奴に限って、心の中で期待してる奴が多い。
また、普通に女たちに集りにいく奴らもいたりする。
十人十色だろうが皆共通なのは、落ち着きがないことか。
女たちからしても、本命は誰だなんて話で持ちきりだろうし、バレンタインとはやはり厄介である。

「珠紀ちゃん、鬼崎くんのはどうしたの?」
「ちゃ、ちゃんと持ってきてるってば…」

それに拓磨以外にも持ってきてる、と恥ずかしそうにしながら言う珠紀が拓磨をちらと見た。
周りの視線も集まるのは目に見えていたので、ため息をつくと逃れるように教室を後にした。

「追いかけないの?」
「え?あ、えっと…」
「行ってきなってー!」

ぐいぐいと背中を押され、半ば追い出されるようにして教室から出る。
あとに引けなくなり、拓磨がいるであろう屋上へと向かった。
がチャリと音を立てて開けると、そこには拓磨以外誰もいない。
気持ち良さそうに風にあたる拓磨の背に、声をかけた。

「拓磨」
「ん…お、おう、珠紀。あー…」
「えっと…はい、これ」

バレンタインでしょ、と加えて言いながら振り返った拓磨の目の前には一際綺麗にラッピングされた袋。
恥ずかしそうに目を逸らす珠紀に、拓磨もまた目を逸らし、頬が赤く染まる。
少しの甘酸っぱい空気が流れたあと、思い出したように珠紀が食べるようにと急かした。
急かされるまま、止められていた紐を外して中身を取り出す。
すると、綺麗に仕上がったガトーショコラが小さな箱の中に収まっていた。見るからに美味しそうなそれは、去年よりも大分美味しそうに仕上がっている。

「食べて!」
「あ、あぁ…」

再度そう言われ、箱を開けて隣にあったフォークで一口区切り、それをさすと口へと運ぶ。
チョコの程よい甘さが、ふんわりと口の中に広がった。
思わず頬が緩んで、一言だけ美味い、と言えば心配そうにしていた珠紀の表情が和らぐ。

「…本当に、美味い」
「そ、そう?良かった…拓磨にそう言って貰えると本当に嬉しい」

もぐもぐと口へ何度も運べば、より嬉しそうに見つめてくる珠紀。
視線が気になるも、手は進む一方で。お手軽サイズだったガトーショコラは、跡形もなく姿を消した。
まだ周りにチョコの甘い香りが漂う中、飽きもせずに見つめていた珠紀を、何の気なしに見つめれば染まる頬。
こちらまで恥ずかしくなって、頬が薄く染まった気がした。

「…えと、じゃ、じゃあ行こっか」
「珠紀」
「えっ…!?」

慌てたようにそう言った珠紀が扉へと向かい、思わずその腕を掴む。
強く引っ張ってしまったためか、反動で体ごと倒れてきた珠紀を反射的に受け止めた。

「わ、悪い…!」
「大丈夫…どうしたの?」
「いや…その、ありがとう」
「…?あ、うん…どういたしまして」

そのあとの言葉は続かなかったが、体を離すことも出来ず。
互いに何も言わずに、しばらくそのまま時を過ごす。
バレンタインという日は、普段よりも大分甘い雰囲気をだすせいか、より自然と距離が近くなったのかもしれない。
二人して笑いながら、残りわずかの休み時間を過ごした。

2013/02/15



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