小説 | ナノ

帰還ED後理一郎

少しでも、気にとめて

「…」

先程からずっと、理一郎は本に視線を向けた状態のまま動かない。
本当は、私がレポートを終わらせていないのがいけないのだけれど。
理一郎が折角空けてくれた今日、私はレポートが終わっていなかった。
そのため理一郎は私の家に来るのを止めようとしたが、私が強引に家に上がらせたのだ。
こうでもしないと理一郎と一緒に過ごす時間は、余計に少なくなってしまう。
私のレポートが終わるまで、というのを条件に理一郎は今、私の隣に座っている。けれど一向に終わる気配のない私のレポートは、徐々に邪魔な物でしかなくなっていた。

「…理一郎」

こうして隣にいて、やることは違えど一緒にいるのに。
ちらりともこちらを見ない理一郎に、少し不安になっていたり、した。
前にも何度かあったし、いつものことと言えばいつものことなのだけれど、妙に心は晴れない。
勿論、私がレポートを終わらせていなかったのがいけないのは事実。
けれど私ばかりが理一郎といたいと思っているみたいで、気にくわない、という感情に襲われる。

「ねぇ、理一郎」
「…なんだよ?」
「…なんでもないわよ」

呼び掛けた返答に、不機嫌そうな理一郎の声が聞こえて、つい私も可愛いげのない返答しかできなかった。
すると理一郎が本を捲る手を止めて机の上に置き、小さくため息をつくと体ごとこちらに向き直る。
ムッとしていた口がポカンとして、私は理一郎を見つめていた。

「何か言いたいことがあるのなら、ハッキリ言えよ」
「…何もないわ、別に」
「何もないわけないだろ」

まるで子供のようにそっぽを向いてありきたりな返答をすれば、理一郎がぴしゃりとそれをはね除ける。
ああもう、と私はペンを少し乱暴に置いてじっとこちらを見つめたままの理一郎に眉を寄せた。
なんで私が、私だけがこんなにも悩まなければならないのか。
そもそも、理一郎のせいであり、不公平である。
こんな性格故に、素直になれず互いに妙な距離感があることは確かで、それが余計に私を素直にさせない。
言いたいことがあるのなら言わなければ伝わらない、とわかっていても素直になれない時だって少なからずある。

「…なんでもないの」

口ではそう言って、素直になれないのに。
私の手は床に置かれ空いている理一郎の手をするりと絡めて、きゅっと握った。
言葉にしない代わりに、態度で示すように。
理一郎の顔を見ないよう俯いて、勝手に相手がどんな顔をしているかなんて想像をした。
きっと、理一郎のことだから驚いたように目を丸くしている。
自分勝手で、意地っ張りで、強がりで。
素直になれない私と理一郎は、似た者同士。
昔からお互いがお互いの一部のような、幼馴染み。
けれど今はもう、恋人なんだよ。
少しぐらい、私だって、こうしていたいの。

「…撫子、こっちを向いてくれ」
「嫌よ」
「なら、強引にでも向けさせるが、いいか?」
「え…っ?」

不意に理一郎のもう片方の手が私の頬を滑り、そのまま顎へと添えられて強制的に理一郎の方へ向く形になる。
ポカンと空いた口元を、理一郎の指がゆるりと撫でた。
いつの間にか私よりも大きくなっていた理一郎の手は、私を意図も簡単に掴んで離さない。
恥ずかしいくせに、強がってそんなことをする理一郎と重なった視線は逸らされることはない。
次第に私の頬が紅くなるのを理解して、慌てて視線を逸らしたら私の負け。

「…卑怯よ、理一郎」
「撫子が素直にならないからだろ」
「理一郎ほどじゃないわ」

照れながらもじっと見つめてくる理一郎にそう言えば、ふっと小さく笑ってより強く指を絡めてきた。
なんだか、私ばかり余裕がないみたいで、子供みたいで。
眉を寄せてしまう私は、つくづく可愛いげがないなと自分でも思っている。
けれど、そんな私を理一郎は愛しそうに見つめて顔を近付けてくるのだから、声が出ない。

「撫子、」
「んっ…んんぅ!」

吐息混じりに名を呼ばれて、答える間もなく深く口付けされてしまえばもうどうでもよくなって。
ぎゅっと指を絡めていた手に力を込めて、目をきつく閉じた。
暫くして、私が息が苦しくなってきたのに気付いた理一郎がゆっくり、名残惜しそうに顔を離す。
その一連の動作を終えたあとに目を開くと、すぐ近くに理一郎の顔があってなんだかむず痒い。

「り、理一郎…っ」
「誘って来たお前が、悪い」
「誘っ…!?」

肩を軽く押されて、抵抗出来ないまま床に倒れれば追いかけるように理一郎が被さって。
普段の理一郎とはかけ離れた行動に戸惑う私を、理一郎は安心させるように頭を撫でて笑った。
その笑みだけで心は満たされて、先程触れた唇にもう一度ゆっくりと触れてきた理一郎のそれが嬉しくて。
まだまだ白紙の多いレポートのことが少し心配だったけれど、そんなことはもう頭の隅の方に追いやられていた。
そしてまだ繋がったままの片手に力を込めて、私は小さく、理一郎に聞こえるか聞こえないかの声音で好き、と囁くのだ。

2012/12/06



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