小説 | ナノ

ドラマCD(first stage)の劇後


まだまだ

「お疲れ様でした、若月先生」
「ん?あぁ、あれぐらいオレ様にすりゃ朝飯前だぜ」

笑って駆け寄ってきたヒトミに、若月はにっとその尖った八重歯を見せながら言った。
颯太の舞台から開放された若月は自前の衣装を着替え終った後で、未だ舞台衣装を着たままのヒトミを不思議そうに見つめる。
その視線に気付いたのかヒトミが少し恥ずかしそうに視線を外して、それから先程まで後片付けの手伝いをしていたことを話した。
その、所謂『姫』の衣装を身に纏ったまま手伝いをしていたのかと思うと、若月は項垂れる頭を掻かずにはいられない。
流石に生徒の前で煙草を吸うのは自重していたためか、妙な苛つきに襲われながらもそれを表には出さぬよう、その代わり眉間に深い皺が刻まれることとなった。
その顔を不快に思ったヒトミはムッと口を結び、いつもの白衣姿の若月に言葉を投げ掛ける。

「なんですか、そのあからさまな態度は」
「いや?別に、その心意気は構わねぇが…その格好じゃかえって迷惑だろーが」
「…確かに、言われましたけど」
「あん時みてぇに、転んだら誰かが助けてくれるわけでもねぇし」

ヒトミの衣装を上から下まで眺めたあとに、若月は舞台の時にあったハプニングを思い出しながら呟く。
衣装に躓いたヒトミを間一髪のところで一ノ瀬が助けたのだ。
あの時は一ノ瀬が助けてくれたからよかったものの、次も誰かが助けてくれる保証など何処にもない。
だからと言って転ばないようにすればいいというわけでもなく。
第一、桜川ヒトミに限ってそんなことが出来るとも思えない。

「でも…」

自分自身、それなりに理解はしているのかその先は何も続かなかったが、不満そうに頬を膨らめていた。
と言っても既に終ったことなので、何を言おうと変わるわけではない。
それに、転ばなかったらしいのだから、それは何よりである。
仕方なく若月はため息をつくと、未だ俯いたままのヒトミの頭に手を置きゆっくり二、三度その頭を撫でた。
よしよし、とまるで小さな子供か子犬にするかのようなその撫で方に、ヒトミはムッとしたまま顔を上げる。

「もうっ…私は子供じゃないですよ!」
「はいはい、オレ様からすりゃお前らはガキだっつの」
「またそうやって…!」

子供扱いする若月に、ヒトミは機嫌を損ねてふいっと顔を若月から背けた。
そんなヒトミに呆れたように笑い、なら、と口角を卑しく上げて背けられた顔を強引にこちらに向き直させる。
驚いて目を見開くヒトミに、それはそれは愉快そうに若月が口を開いた。

「なら…大人の女らしく、扱ってやろうか…?」
「っ…!」

ヒトミの顎に添えた若月の手の親指が、その薄く開いた唇を緩く撫でる。
そして、逃げられないように腰を引き寄せて、顔を近付けた。
目と鼻の先にある若月の顔に、ヒトミが急に暴れだして若月の腕の中から逃れようともがいた。
幸い、すぐに若月の腕は外れておまけに顎に添えられていた手も離れる。
少し距離を置いたヒトミが、慌てて口を開いた。

「なななな…っ!?」

顔を赤くして、口をパクパクとまるで金魚のような仕草をするヒトミに、若月はぷっと吹き出した。
顔を赤くしたまま眉を寄せたヒトミが、笑う若月に声を大にして言う。

「わ、笑うとこじゃないですよ!からかうのもいい加減にして下さいっ!」
「くっ…はは、悪い悪い、あんまりにも面白いからつい、な」
「面白がらないで下さい!」
「大丈夫だって、オレ様はガキに興味はねーよ」
「そういう問題じゃないですっ!」

すっかりいつも通りなヒトミに、若月は小さく安堵のため息をつく。
このやりとりが、案外面白いことに気付いたのは最近で。つい、からかいたくなるというやつだ。
自分はガキには興味はない、そう言えば怒るヒトミだが、少しだけ悲しみが混じっているような風に見えるようになったのも最近。
その度、自分の中にある何かが渦巻いて、それに蓋をするようにヒトミに意地悪をしてみる。
それが、のちになんと呼ぶ感情になるかなど、今はまだ、互いに知りもしなかった。

「変態!エロ!不良教師!こんな人が教師でいいんですかねぇ!?」
「っせーな、オレ様の何処が不良だってんだ?ぁあ?」
「きゃー不良教師ー!」
「いいからお前はとっとと着替えて来い!」

ぎゃあぎゃあと騒いで着替えるために奥の部屋へと消えていったヒトミに、なんだかんだ言いながらも煙草を片手に若月は優しく微笑んでいた。

2012/11/04




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