小説 | ナノ


ただいま

「…やっと、かぁ」

小さく呟いて、懐かしい景色を見渡す。昔と変わらない、ここ季封村は穏やかに私を受け入れてくれる。
目を伏せて胸一杯にここの空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出せば、帰ってきたと実感できた。
伏せていた目を開けて、もう一度辺りを見渡す。本当に、変わらない。
自分は戻ってきたのだ、この地へ。
清乃ちゃんのいる学校もある、緑ばかりだったところが紅葉して緋や黄色に変わっているも、そこは良く通った道。
そして何より、拓磨たち、守護家のいる場所。
ゆっくりと、その場所へと真っ直ぐ歩き出す。
足に迷いはなく、来ていなかった間を埋めるかのように一歩、また一歩と動いた。

「そっちは駄目だ」

不意に聞こえた声に目を見張るも、姿は確認出来ない。
後ろから、抱きすくめられていた。
囁くように耳元に寄せられた口が、間を置いて言う。

「…おかえり、珠紀」
「ただいま…拓磨」

顔を見ずともわかるその声の主は、鬼崎拓磨。
一番に会いたかった、人。
首に回った腕にそっと触れて、確かにここにいることを実感する。
また、嬉しくなって胸が一杯になる。
ふっ、と後ろの拓磨が笑い、ついで自分も笑った。

「拓磨、それ、前にも言ったよ」
「いいんだよ…俺が言いたいんだ」
「ふふっ…そっか」

前にも一度、ここを離れた時があった。
その時、早く来て皆を驚かそうと帰ってきた私を、拓磨が先読みして。
バスから降りて少し歩き始めた時に、今のように囁かれていた。
この場所も、あの台詞も、私が季封村に来て最初の出来事。
首に回された腕に手を添えたまま、私は懐かしさにもう一度微笑んだ。
なにも、変わらないのだ、ここも、拓磨も。そんな風に感傷に浸っていたら、持っていた鞄をいつの間にかとられ、拓磨が体を離した。

「ほら、行くぞ…皆待ってる」
「…うん、そうだね」
「まぁ、待ってるか、はわからないが…」
「え?」

拓磨の言葉に頭を傾げて、少し眉を寄せる。
久々の帰還に、皆が待ってもいないと言うのか。
少し機嫌が悪くなった私に、拓磨は肩を竦めるばかり。
そんな拓磨にどうして、と口にしようとしたら遮るように指された指。

「?…っ!」
「俺が出た少しあとにでも、出てたんだろうな」
「皆…」

その指を辿って視線を送った先には、私を待っていてくれた人達で。
まだ距離はあるが、顔は見える。
手を振ってくれたり、笑顔で名前を呼んでくれたり。
それぞれだったけれど、皆来てくれていた。
真弘先輩が大きな声で、私の名前を叫んでいた。
あぁ、懐かしい。胸が一杯になる。
皆の元に駆け出したい気持ちを抑えて、私は少し木々の間へと拓磨と入り込む。
向こうからはそんな不自然には見えない行動。

「どうしたんだ?」
「ふふ、拓磨、ちょっと屈んで」
「なんでだよ」
「いいから!」

渋る拓磨に少し語尾を強くして言えば、素直に従って前屈みになる拓磨。
丁度、拓磨の顔が私の目線上辺りに来ている。

「よし、動かないでね」
「それはいいが、何をする気なんだ」
「皆の前じゃちょっと恥ずかしいから…」

不思議そうに首を傾げた拓磨の肩に片手を添えて、もう片手を拓磨の前髪へと持っていく。
それからその前髪を上に優しく退けた。
そして、露になったその額へ、ゆっくりと顔を近付け。
ちゅっ、と軽い触れるだけのキスを送った。
一連の流れを唖然と見つめていた拓磨が、やっと今何をされたのか理解して、顔を赤くする。

「…っ!?」
「あ、ありがとね、拓磨!ほら、行こうっ?」
「お前…っ」

恥ずかしくて逸らした視線に、拓磨が何か言いかけて止まる。
その隙に、私は火照る顔を隠すようにくるりと身体の向きを変え、逃げるように木々から抜け出した。
少し遅れて後ろから出てきた拓磨に、後ろから腕を掴まれ、指を絡められる。
恥ずかしくてしょうがないのに、拓磨は離してくれそうになくて。けれどそれが余計に嬉しかった。
私たちは手を繋いだまま、真弘先輩や祐一先輩たちのところへと歩き出す。
そうして歩く中私はまた、あぁ帰ってきたんだ、と実感していた。


2012/10/04


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