4.近すぎて近づけない
私がちか兄の恋心に気付いてどれだけの時が流れたんだろう。
私はとうとう19歳、ちか兄は22歳に。
あの日私が窓から見ていたちか兄の年齢になった。
あれから、ちか兄の前で普通にしようとしていたけれど自ら避けていた。
それでも、未だ存在するのは恋心。
無意識のうちにちか兄を追って、いつしかちか兄の後輩として同じ大学の同じ学部に通うようになっていた。
「まーた、女の子連れてる」
「名前もいい加減慣れたらどうなんだ、元親が女連れてるなんていつものことじゃねえか」
「それはそうですけどね…」
同じ学部の先輩で、元親と友達である伊達先輩。
私の思いを知ってから事あるごとに面白半分…いや半分どころじゃない、本心面白いと思って話を聞いてくれたりする。本人に言ったら調子乗りそうで言いたくはないけど、本当のところ気持ちが楽になることが多いから感謝はしてるけど。
「でも追いかけてきたって元親が大学にいる時間もそんなねえぜ?
あいつ院進まずに働くって言ってたし」
「そうなんですか?!」
「おいおい、幼馴染のくせにそんなことも知らなかったのかよ」
「だって昔言った通りいつの間にかちか兄のこと避けちゃってますもん」
だからどうにも話せない、そういえば伊達先輩はわざとらしく大きなため息をついた。
「仕方ねえな、可愛い後輩のために一肌脱いでやる。だけどそれなりの覚悟はしとけよ you see?」
もう時間も残されておらず、縋るものが唯一伊達先輩しかいなかった私はその言葉に頷くしかなかった。
*********
「…名前?」
夜、それもだいぶ遅い時間に伊達先輩からの電話があって。
いきなり家から出ろと言われて、そしたら止まっていた車に伊達先輩が乗っていて。
言葉とともに乗らされれば大きなお屋敷に着いて。
それで奥の部屋に向かって背中押されて、そこに閉じ込められたと思ったらちか兄がいて。
状況をさらに詳しく言うと、ちか兄はお酒をだいぶ飲んだのか顔が赤くなっていて。さらに言うとベッドがひとつ。
「ちか兄、これどういう状態なの?」
「政宗の家で飲んでて、泊まってけって言われてこの部屋いたら名前が飛び込んできて…夢じゃねえよな?」
すっかりできあがってしまって暖かくなっているちか兄の手が私の頬に伸びた。
夢じゃないと確認する、そんな行為になんだか可愛らしくて笑ってしまった。
「ねえちか兄。私伊達先輩にこの部屋に閉じ込められたんだけどどうしよ?」
「一緒に泊まってくか?」
はっきりとしない意識の中なのか、それとも私相手だからなのかちか兄はそう言った。これは伊達先輩にせっかくここまでお膳立てをしてもらっといてだけどどうやらもう意味はないらしい。
「ねえちか兄」
「どうし―…名前?」
力任せにちか兄をベッドの上に押し倒してみれば、意識が少しだけはっきりしたのか目を丸くするのが見えた。
私は何をやっているんだろう。
少なくとも女の子がすることじゃない。しかも、幼馴染のこの私が。
「ちか兄、私…私…」
ああ、ここまで来ていて言葉が出ない。
心なしか手が震えてる。
「…また泣きそうになってんじゃねえか」
「私泣きそう?」
「ああ」
ちか兄は軽く体を起こすと、私の体を抱きしめた。一瞬体がびくりと震えたけれどちか兄の何もしない、という一言で緊張はしているままだけど少しだけ落ち着いた。
「泣いてもいい?」
「ここでならな」
「うん…」
近い。
故に遠い。
この幼馴染という関係は。
この思いはちか兄の行動ひとつで揺らぐ。期待しちゃ駄目なのに。ずっと隠し続けなきゃ駄目なのに。
ちか兄が好きで、好きでたまらない。ずっとちか兄の腕の中にいたい。
ずっとずっと夢見てたちか兄に抱きしめられた状態なのに、今度は離れたくないだなんて。
馬鹿みたい。
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