第二十九話
政宗さんの意識が戻らないので、他の女中さんのお手伝いをしていたときのこと。
喜多さんが息を切らして走ってきた。
「名前、さんっ・・・はぁはぁ、政宗様の意識が戻りましたよー」
「政宗さんがっ!?」
「名前ちゃん、此処はもういいから行っておいで。
此処のは私たちがしておくから、ね、喜多さん?」
「ええ、とにかく早く行ってらっしゃい」
「はい!ありがとうございます!!」
政宗さんの意識が戻った。
これ以上嬉しいことなんて今の私にはない。
それを超えるものなんて存在するわけがないんだ。
「政宗さー・・・」
政宗さんの部屋の前に立って声を掛けようとした時、ふと小十郎さんの声が聞こえた。
『----・・・ですから、あの子を選ぶなら選ぶで私は何も言いません。
しかし、この期に及んではしかと伊達家のことを考えて判断してください。
愛姫様が政宗様に嫁ぐ以上のことはー、きっとこの先ないですから。
あなたが名前を愛してもいい、しかし良く考えてください。
あいつの態度もそれを踏まえて考えてみてくださいー、それでは』
「っ!?」
やばい、小十郎さんが出てきてしまう。
私はとっさに向かいにある物置部屋に隠れた。
そして、小十郎さんが出たのを確認して私はそこを出た。
しかし、政宗さんのところへはなかなか足が進まない。
・・・愛姫、って史実で言う政宗さんの正室だったはず。
此処の世界は私がいた世界とは違うとばかり思っていた。
でも、それは違った。
確かに政宗さんが存在していれば、愛姫だって存在する。
私はやっぱり此処にいては駄目だったんだ。
どうすればいい?
今更気づいたこの気持ちをー・・・。
『名前、いるのか?』
政宗さんの部屋の前でしどろもどろしていたら、政宗さんに名前を呼ばれた。
『いるんだろ?突っ立ってないで入ってこい』
そう言われ、政宗さんの部屋へ足を踏み入れた。
意識が戻ったばかりの政宗さんは何処かやつれているように見えた。
それは仕方ないことなのかもしれないけど。
「政宗さん、意識が戻られて本当に良かったです」
「俺もアンタが無事で本当に良かった。
・・・もっとこっち来い」
私はただ政宗さんの声に素直に従っていた。
言われたとおりに動くだけ。
それだけしか、できなかった。
たださっきの小十郎さんの話が頭の中で木霊していた。
”愛姫”を政宗さんはどうするんだろう、そればかり考えていた。
「・・・ー、名前?
どうしたんだ、さっきからボーっとしてよ」
「え、へ、あっ、すいません。
政宗さんの意識が戻られてホッとしたら・・・」
「thank you!
・・・でも、アンタに取ったら俺の行動とか全部迷惑なんだよな?」
「それは違いますっ!」
小十郎さんの言葉が浮かんできた。
政宗さんが今も尚”傷ついている”という、言葉。
こうして私のことでさえ負担になっているんだと思うと胸が苦しかった。
「政宗さん、ごめんなさい・・・。
私は本当は政宗さんの気持ちが凄く嬉しかったんです。
それでも、素直になれなくて。
嬉しかったのは本当なんです、例え同情であろうとも」
「同情なんかじゃねぇよ」
「え?」
「小十郎が言ってたか?
俺が今も尚傷ついてるって」
「・・・・・・わかっておられるのですか?」
「それぐらいはわかるさ」
政宗さんは私の腕を引いて、体をぎゅっと抱きしめた。
懐かしいような心地に何とも言えない状況になる。
「なぁ、俺がアンタに好きだと言ったらアンタは俺の気持ちに応えてくれるか?」
「好き、って・・・。
私は政宗さんのことが好きですよ?」
「アンタが考えてる方とは違うだろうな。
俺は女としてアンタ、・・・名前が好きだ」
「っ、・・・」
私がこの気持ちに気づいたというのは最近だというのに政宗さんは心の準備など一切させてくれなかった。
それでも、私は嬉しくて涙を流してしまった。
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