7.大人扱い
こちらに来てからもう一月が経とうとしている。
早いもので仕事にはだいたい慣れて侍女頭に説教喰らうこともほとんどなくなった。この岡豊城にいる人の名前も覚えた。
着々とこの時代に馴染んでいく自分がいる、と思う。言い切れないのはまだ知らないこともいっぱいあるからだ。例えば、この日本のこと。
学校でも習ってきたし、元親さんに教えてもらったことを合わせたとしても全てではない。しかも、すべてを100としても私の知識は1にも達するかどうか怪しいところだろう。
「名前、城門のところを綺麗にしてくれるかい」
「あ、はい!」
そう言われてせっせと箒を持って、外へ出れば風が気持ちいい。
仕事してこんなに爽快感が溢れてるのは久々かもしれない。今まではいつもディスクワークだった分なのか、もしかしたら私にはこちらの仕事のほうがあってると思わされた。
「ふう、こんなもんでよかろうか…」
ふざけた口調で汗を拭っていた時だった。
「よ、名前」
「あれ元親さん、お出かけですか?」
珍しく着流し姿で外へ出る元親さん。いつもは外に出るときは結構立派な身なりをしているけど今日はどことなく普段着の感じがするというか、なんというか。
「まあお出かけというか………あ、どうせなら名前も来いよ。せっかくだし城下を案内してやる」
「え、でも私まだ仕事が」
「いっつも働き過ぎなんだからちょっとぐれえ大丈夫だって」
「ちょっと、元親さん!」
私の箒を奪うなり、門に立てかけて強引に私の手を引き出す元親さん。ああ、侍女頭に怒られたらどうしよう。
「ほーら、せっかくお忍びで来てんだから」
「まさか仕事放ってきたんですか?」
「…バレちまったら仕方ねえな」
もう、元親さんという人は…。
たまに仕事をほったらかしにしてどこかへ消えるとは聞いたことはあるけれど、まさか実際にその現場に居合わせてしまうとは。とは言っても現に今の私もサボっているので何も言えないんだけれど。
「ま、んなこともすぐに言えなくなるぜ?」
しばらく歩けばいろんなお店が見える。
団子に、簪に、着物に、刀…私のいた時代ではない店が多い。
「一番に団子に目がいったみてえだが?」
「うっ…女の子は甘いものが好きな生き物なんです」
「花より団子の典型的な例だな」
ごもっともだと言うほかなくて。だけど悔しいので口には出さぬまま。
元親さんの後に続き、茶屋に入る。どうやら今の時間帯は少ないらしく、あまり人はいない。確かにこの昼時に休んでいる人なんてそういないように思えるけど。
「おっちゃん、団子2つ」
「かしこまりました…あら、これはこれは元親様。まさか逢引されるところを目撃してしまうとは」
元親さんは注文すれば、奥にいたおじさんが団子を持ってやってくる。どうやら二人は顔なじみのようで、仲が良さげだ。
「何言ってんだ、んな間柄じゃねえよ」
「それは残念な答えでございますな」
元親さんはおじさんの言葉に笑ったけれど、さすがにひどいとむくれてしまう。別に元親さんのことが好きだとか、そういうわけじゃないけど。前からだ、私を女として見ないとはっきり言って…さらにこういう結末。
まあお団子が美味しいから何も言わないんだけれど、私は。後からこういうところで子供っぽさが出ているんだと気づくことになった。
「ごっそうさん!」
「ごちそうさまでした」
あの後お茶を出してもらって、しばらく元親さんとおじさんの世間話を聞いて。
日暮れも近づけば帰らないと怒られるというので…元親さんがサボり始めて数時間、やっと帰路に着いた。
「本当はいろいろと案内できりゃ良かったんだけどな」
「でもお団子がとってもおいしかったので私は満足です」
「ははっ、簪一つ見れなかったのにかい?」
「もうまた私のことを子供扱いですか?だから私もそれなりに歳は―」
突然のことだった。
人気のない路地裏に引っ張られて元親さんが私を壁際に追いやっていた。するとどうしたもんか、目の前すぐに元親さん。
「あ、あの元親さん?」
「さっきの言葉…つまり俺に子供扱い止めろってことかい?」
「へ…え?」
顔が近いだけで恥ずかしいのに、更には顎を掴まれて目を合わせられる。元親さんが自分が何やっているのかわかっているんだろうかと思ってしまうが、なんとなく笑っているところを見るとしっかりわかっていらっしゃるのだろう。非常に厄介な状態になっている。
「答えは二択だ、簡単だろ?
名前は俺にどうされたいんだ、言ってみ?」
「えっと、私は…その…」
こんな時どう言えばいいなんて知らない。だんだん顔の距離が縮まっていく状況で考えてもまともな考えは浮かばない。
「っ…年相応に見て欲しいです!」
ああ、私は本当に…。結局二択だとか言われてるのに、選択肢にない答えを思いっきり叫ぶように答えた。
元親さんの方は拍子抜けしたのか、豪快に笑う。
「はっはっは、何だそりゃ」
「だ、だって、混乱しちゃったんですもん!」
「…まあそんなところも可愛いと思うぜ」
元親さんは頭をガシガシと撫でると、慰め程度にそんなことを言う。
本当にいちいちむっとさせる人だ…そう思うけれど、元親さんの手は好きだった。
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