5.未来になかったもの

はじめは戸惑ってしまった着物もすっかり簡単に着れるようになった頃。現代はいかに便利だったのかということを実感させられてしまう。

蛇口をひねれば出て来る水。
ボタンひとつで沸かせるお風呂。
快適に暮らせるための冷暖房。


ここにはそれがなに一つない。
たとえ、この土佐の国で一番である岡豊城であってもだ。

そうなれば、私の手も日に日に変わっていく。人並みに手入れをしたきた手はハンドクリームもない環境で毎日の水仕事。
たまに失敗して侍女頭に説教を喰らうこともあるけれど、でも褒めてもらえることだってあって思わず水仕事だって頑張ってしまう。



「とは言いつつ、すんげえ変わっちまったな」
「でも、頑張った証拠になるのが嬉しいんです。これも本当に長曾我部さんのおかげです」
「だから、元親って。何人この城に長曾我部がいると思ってる」
「あ、すみません元親さん」



夜、元親さんに長曾我部家についてを教えてやると言われて部屋を訪ねれば部屋に広がる長曾我部の家系図。そこでこっそり信親を探してみてはいたんだけど見つからず、悟っていたのか何も知らないはずの元親さんが落胆している私を気遣ってか他愛もない話をふる。
何度も見られた手について話題をふられ、女子としてはちょっぴり今の荒れた手は恥ずかしさもあるけれど幸いこの時代では周りに手の綺麗な女子は少ない。


「あ、でも…」
「え、へ?」


元親さんが机から小さな瓶を取り出すと、私の手をひいてその手に瓶の中の液体を垂らした。


「あの、これ何ですか?」
「荏胡麻油よ、さすがに元の綺麗な手に戻るのは難しいがちっとはマシになるだろう」


油と聞いてハンドクリームを思い出す。ああ、この時代はわざわざ油を手に塗りたくる…なんて面倒なことなんだろう。だけど、その反面元親さんが丁寧に塗ってくれておりとても気持ちいい。それに、あったかい。



「あ、ありがとうございます」
「気にすんな。慣れねえことばっかだろ?」
「まあそれは…でもいい人ばかりで、為にもなってますし」
「そうか、そりゃ良かったぜ。これから先もここにいても構わねえが、もし出て行くなら今のこと生かせられたらいいな」



いつ帰ることになるのかわからない身。
しかも無理言って厄介になっている私。

そんな私に元親さんは深くは追求しようともせずに、優しくしてくれる。
このあたたかさが私のいる世界、この先の未来にはなかっただろう。



「元親さん」
「ん?」


だからといって、いつまでも何も言わないままに厄介になるのは失礼でしかないだろう。
だけど、話を信じてくれるかわからない。そんなことを思ってしまうけれど、私の話をしよう。
元親さんがいつものように優しい笑みを浮かべる中口を開いた。





  


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