1.迷子の迷子の息子殿

週が明けて、月曜日。
やっと仕事が終わったというのに休みまで先は長く気が遠い。帰路につき自然とため息がこぼれた時だった。


「母上!!」


そんな無邪気な子供の声が後ろから聴こえた。
今時そんなことを言う子供も、言わせる親もいるんだ。でも何だかそういうのも楽しそう。そう思いながら道を進んでいた。


「母上!!某です!!母上!!」


お母さんまだ気づいてないのか、少し気になって振り返ったところ一人の男の子が私に抱きついた。
見れば5歳ぐらいの男の子。髪の毛の色素は薄く、瞳の色も灰色、整った顔。そして何故か着物。こんな特徴的な男の子だと言うのに会ったことがあるという記憶は一切なかった。


「母上?」
「えーっとね、ごめんね、私君のお母さんじゃないの。
 お母さんとはぐれちゃった?」
「某の母上なら目の前に!」
「そっかー…って、だから私違うって!
 迷子かな?そしたらやっぱり交番とか行くしかないのかな?」



道の端にいるとは言えども、この子が元気に声を上げて私を母上だとか呼ぶから周囲の目線がこちらに集まる。

このままじゃ埒があかないと悟った私は手を差し伸べて近くの交番に行くことに決めた。






「お母さん、この子だって可愛そうですよ」
「だから私この子産んだ覚えがないんです!」
「某は間違いなく母上の息子です!!」
「あなたがひどいことを言っても子供はあなたのことを慕っているんですよ。わかってあげてください」
「もう!!だから私は―」






最終的にはおまわりさんの誤解は解けたことは解けたけれども、私をずっと母上と呼ぶのと、お母さんがわからないという理由で私が預かることになった。捜索願を見つけ次第、引き取ってくれるという。


「どう、おいしい?」
「とってもおいしゅうございます!!」
「そっか。良かったわ」


久々に自分以外の食事を作るなんてことになったから、食べるのが子供とは言えども少々緊張した。
でも、満足してもらえたらしく笑顔に嬉しくなる。




「そういやまだ名前聞いてなかったね、名前は?」
「某、千雄丸と」
「お、かっこいい名前。私は名字名前。千雄丸くんのお母さん早く見つかったらいいね」
「某の…母上…母上は…」
「え?」


俯いて黙りこくってしまったので、顔を覗いてみると必死に泣き声をこらして涙を流していた。
突然のことに驚き、慌てて背中をさすりながらその場に置いてあったティッシュを渡す。すると千雄丸くんは「こ、これはどうしたら」と泣きながら困惑を表した。


「……そうだよね、お母さんに会えないと寂しいよね。大丈夫、今は会えなくてもすぐに会えるよ」
「違うのです…ひっく、うっ」
「あ、違うかった?でも今不安だよね、大丈夫。ここにいる間は私が―」


なだめようとした私の声を止めたのは千雄丸くん、彼自身だった。


「母上、申し訳ございませぬ」
「だから、私は」
「某長曾我部信親…此度戸次川の戦にて某の命は散りました」


私の手をすり抜けた身はその場で膝まづいていた。
そして千雄丸くんは言葉を続ける。


「最期に母上に一目でいい、一目でいいから会いたいと…薄れいく意識の中で願い、気づけばこの姿で母上の後ろに」
「でも私やっぱり君を産んだ覚えがないよ?」
「今目の前にいる母上は某が知る母上よりも若いお姿ではございますが、やはりあなたは母上です。記憶の中での母上の手が、手料理の味が…そして名までも同じだった…」


今が若いということは将来の私の子供?
でもさっき聞いた言葉、戦いで死んだ…そんなのいつの時代なのだろう。


「ちなみに千雄丸の名前はちがうの?」


千雄丸と信親。
二つの名前を名乗ったものだからどっちなんだろうとふと疑問に思って聞いてみれば、千雄丸は目を丸くさせた。


「千雄丸は某の幼名で…」
「幼名…今は幼名は使ってないんだけど。
 もう一つ聞いていい?幼名だってことは千雄丸くん元服は終わったの?」
「そ、某今はこんな姿ではありますが、立派な大人です!!お酒だって飲めます!!」


自分でも体が小さくなったのは嫌だったらしい。少しむきになって答えた。
だけど今は小さな体。私にとっては可愛らしく思えた。

千雄丸くんの話は全部全部嘘だと言われたら普通に納得できる。
でも彼の瞳になんとなく私はこの話を信じないといけないという義務があるんじゃないかと思う気持ちが芽生えたのだった。




    


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -