18.麩前の戦場

しばらくして、お開きに近い雰囲気になるとさっき元親に呼ばれたことは勿論バレている。侍女頭に下がるように言われた。
それを断ることもできるはずがなく、元親さんの部屋まで来たんだけど。


「………」


いざ部屋を目の前に来てみれば、なんというか。
怒られるのは承知してる…だけど、それ以外。私自身で元親さんに言わないといけないこととか。出て行く覚悟が揺らぎそうとか。さっきのキスとか。
頭の中でグルグルそれらが回るだけで、収まりがつきそうにはない。



「何やってんだ」


少しの間だけ入ることを躊躇っていたら開いた麩。当たり前だけど、目の前には元親さんがいる。


「こんばんは」
「…名前?立ってないで入れって」


こちらだけが負い目を感じているというのもあるけれど、いつも通りに対応できない。
だけど、元親さんは至っていつも通り…に見えるけれど、どこかいつも通りではない。



「座れ」
「は、はいっ」


文机を見ると、今まで溜まっていた分の政でもしていたんだろうか。いくつもの書類が積み重なっている。
お疲れ様の一言でも言えればいいのに、今の私には元親さんが何か言うまで何も発せられなかった。



「それで、これはどういうつもりだった」


手にとって見せられた私の書置きの手紙。


「…お世話になっていたのに、こんなに失礼な去り方しようとしてすいません。それだけのさよならじゃ自分でもいけないとはわかっていました」
「そういうこと言ってんじゃねえ!」
「ご、ごめんなさいっ」
「あー、もう…悪い、叫んで悪かった。だけどな、俺が言ってるのはそういう人事とかそういう訳じゃねえんだ。
 確かに何も言わずに出て行かれるのも嫌だけどな。俺が言ってるのは何でいきなり城を出ていったってことだ。どうして俺の手が届かないところに行こうとしたんだ」


元親さんの瞳は怒りのものじゃなくて、気付けば哀に近付いている気がした。


「元親さん、ごめんなさい」
「俺が、嫌になったのか?」
「そんなわけが―」
「なら、ちゃんと説明してくれないか」
「…わかりました」


心優しい元親さんは私が出ていこうとした理由を納得してくれるだろうか。
私が出ていくのを止めないだろうか。


「…信親に会えないとわかっちゃったんです」
「え?」
「私に会いに来た信親は戸次川の戦い、九州征伐で戦い果てちゃったんです。だから、この間その九州征伐も終わっちゃいましたよね…私が待ってても、もう会えないんです。
 元親さんのご好意も全て無駄にしちゃったんです。本当にごめんなさい」
「………」

元親さんの方を見れなくて目をぎゅっと瞑った。
怒られても当然。覚悟はできてる。
だから、無言が一番きつかった。


「…馬鹿か」
「へ?」


頭をガシガシと撫でられた。
…怒ってない?

声音を伺いながら恐る恐る目を開けてみると、元親さんの表情が和らいでいた。


「信親は名前が産めば会える話じゃねえか。戦が無くなりゃ長生きしてくれる可能性が大きくなって、お家安泰だろ。
 何でそう困った顔してんだ」
「怒らないんですか…?」
「そんな理由なら出ていかせられねえからな。出ていく話は無しだ。
 だから怒りはしねえよ」


本当に何でこの人はこんなにも優しいんだろう。
皆に優しい、私への優しさだってそれと同じことだとわかっているというのに自惚れそうになる。


「だが、今夜はここで寝ろ」
「ここで、ですか?」
「名前が出ていくんじゃないかって…大の大人が言ってちゃ笑うだろうが、不安なんだよ」
「出ていきませんよ、元親さんが置いてくださるのなら」
「いや、それでもだ」


額をつんと突かれると、思ったよりも力が強くて少し離れたところに敷いてあった布団に頭から倒れた。


「安心しろ、俺はまだまだ片付けることもあるから」


『だいたいこんな夜中に情事以外で呼びつけてんだから変な目で見ねえっつうこった。逆に安心してくれても構わねえぜ?』



悲しいかな、こんなことを言われた手前今更何か心配しているということは何もない。
それならばここは大人しく言うことを聞いたほうが元親さんの邪魔にならないということで、言うこと聞こうじゃないか。




  


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