13.彼のいない部屋

「名前っ、あんた何でここに」


私に今日は下がれと言った侍女頭が私を見つけた途端に驚いたような、焦ったような声をあげた。


「要するに、毛利さんや豊臣さん方に関わらなければいいんですよね?
 いつも働いてる分、休んでも休めないんです。日本人なんですから」
「まあまあ、それは元親様には言えないことだろうがね。
 …仕方ないね。元親様には内緒にすること、わかったかい?」
「わかりました!!」


いつものように返事をして、呼吸を整えると落ち着いた気分になる。


…大丈夫。


私はいつものように働いて、元親さんを待つだけ。今元親さんの帰りを待って、皆でこの場をつなごうとしてるんだから。
信じてる、というか、確信してる。

寂しいと言ったら嘘になるけど、なんとなく頑張れる気はした。





いつも通りなんとか言いつけ通り、毛利や豊臣方の人には会わないように仕事はできたわけで。ホッとしながら、昼のように元親さんの部屋の前を通った。
すると、いないはずの元親さんの部屋から物音が聴こえた。

耳をすませば、少しだけ声も聴こえる。だけど、元親さんのものでは勿論ない。そして、私の知らない声だった。
元親さんは普段自分がいる時は人を入れようとしないのにいいんだろうか、心配になって誰かに言いに行こうとした時だった。



「…誰だ」


部屋の中から声が聴こえた。
知らない声ということはもしかしたら毛利や豊臣方の人かもしれない。
見つかる前に逃げよう、そう思ったけれど。そうした時には既に遅し。
襖が開いて、手を掴まれて部屋へ引きずり込まれた。



「貴様、何をしておる」
「な、何もしてないですっ、元親さんの部屋から物音が聴こえてちょっと驚いてただけです!」


私を引きずり込んだその人は美人というか、きついというか、怖いというか。今の私にとっては怖いという表現が一番適してる、そんな人だった。


「侍女か、ならばよい」
「だ、だけど、ここ元親さんの部屋ですが?」
「フン…長曾我部元親、などという奴は討った。もうここへは戻らぬ。
 それに戦の勝者に言う言葉でもなかろう」
「そんなっ!元親さんは絶対に帰って……帰って…あれ?」


『戦の勝者』


長曾我部軍は負けて、毛利と豊臣の連合軍が勝った。
ということは、この人絶対後者の人というわけだ。…あ、私怒られる。


「どうした?」
「いえ、何もないです。私は何も見てないですし、あなたとは何も話してないです。あなたはどこにもいないです。はい」
「…侍女如きの分際で我を愚弄する気か」
「私ひとりなので、愚弄する相手なんていません!
 だけど、これだけは。元親さんは帰ってきますから―」


立ち上がったままそう言い切って急いで帰ろうとしたら顎を取られ、上を向かされた。
目の前に美人な顔があるとは言ってもすごく怖い。


「何ですか」
「貴様の態度がなっておらぬからな、もう一度教えてやろう。長曾我部元親は死んだ、海の藻屑となって消えた」
「どうとでも仰ってください。私は信じている、それだけですから」
「約束でもしたという素振りだな」
「しましたもの」


普段の自分だったら考えられないほどに、今この人に反抗してる。
向こうはどの身分にいるかはわからないけれど、ここに留まっているからそれなりの身分の人なんだろう。ましてや、今回の戦の勝者。
侍女の身分にいる私が話すこともどうかと考えられるぐらい。
だけど。どうしても。どうしても元親さんのことを言われるのにそのまま受け止められなかった。


「ほお、長曾我部がな。…ならば、今貴様をこの部屋で抱けば報われないこと限りなし。そういうことか」
「勘違いされているようですが、私には息子がいますから」
「長曾我部との間の子か」
「誤解してるようなしてないような、そんなところですね。まず年齢が22の時点でまさか元親さんの子供だと勘違いはなさらないでしょうね」
「貴様、いくつだ」
「20です」
「散れ」


真顔で暴言吐かれたことは心の中で結構なダメージになったけれど。だけど、呆れられたようでこの場から立ち去れそうな雰囲気だった。


「…たとえ生き返ってこようとも我が討つ、そう言っておけ」
「え?」
「名前は言わずともあやつにはわかるだろう。まあ、生き残っていたらの話ではあるがな」


その人は私の顎から手を離すと私が元親さんの部屋を出る前に出て行った。



「……ふう」


安心したのか、その場で力が抜けて腰を下ろした。

元親さん…。
言いつけ破ってごめんなさい。本当は怒られるのとか嫌ではあるけど、だけど元親さんが怒ってくれるなら怒られるから、ちゃんと帰ってきてください。


「あの世で怒られるのは勘弁ですよ」


ちゃんと帰ってくる。
何度も言い聞かせて、信じるたびに元気が湧いてきた気がしてた。

だけど、やっぱりここには元親さんはいなくて。



元親さんに早く会いたい。
そんな思いが私の中で止まらなかった。





  


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