9.自分の為の防柵

自分で何を言っているのかわかってるんだろうか。
名前の話を聞きながら、ただ呆然としてしまった。

『私はこの世界でどこの誰がいようときっと元親さんに手を伸ばします』

いやこの言葉の意味なんてよく考えてなかったのだろう。考えていたらこんな夜更けに男の手握りながら言わねえよな。
本当、人には年齢相応…つまりは20の女として見ろと言っておいてずるい。


初めて名前にこの俺の手が好きだと言われたとき、それは名前がここのことを何も知らないというだけだと思っていた。
民を守る手、命を奪おうとも民のため…ただそんな綺麗事を並べた言葉。
きっと名前がいた未来で、他人の刀の切り傷なんて見たことはなかっただろう。血なんて滅多に見なかったんだろう。



だがしばらくが経った。
その間に俺は戦に出たし、返り血を浴びて帰ってきたことがあった。勿論俺自身が手をかけた奴の。

このご時世。
嫡男に生まれれば周りから才を求められ、引き篭れば陰口を叩かれ、家臣であろうがなかろうが関係なく罵られる。
認められるのは戦の功績と結果。

そう言うのも仕方ないことだ。ただでさえ右も左も世知辛い世の中。
自分の命を守るために必死になることは仕方ない。気を緩めれば誰に命を奪われるのかもわからない。
自分と、自分の大事な奴や物を守るために戦う。
欲のために戦う。

言ってしまえば、そうやって戦って守りたいと思うのも欲望だ。自分のためでしかない。
この手が他人の命を摘んで、幸せになる。そんな世の中だ。



だが、ぎゅっと握られた手にまた好きだと言われたんじゃないかという感覚に陥った。
我ながら自惚れちまったもんだ。


「…よし、こんなもんでどうですかね。元親さんほどとは言いませんがなかなか丁寧に濡れてませんか?」
「ああ、十分だ」


手に油を塗る作業も終わり、名前が満足気に笑う。
いつもだったらそれにつられて笑うだろうが今はなかなか嬉しい言葉を言われた後だ。そうもいかなかった。



「名前、触れてもいいか?」


大の大人の男が不安気になった図だろう、今の名前の瞳に映る俺は。
だが名前はこくりと頷いて、油を塗り終わりしっとりとした俺の手をまた握る。


「元親さん、そんなこと聞かなくていいんですよ。
 私だってさっき勝手に元親さんの手をとったんですからね」


油を塗り始めた時のことを指しているんだろう。
そう言って俺の手を握ったままに名前は笑う。


「はっは…情けねえな、俺としたことがこんなに弱み握らしちまうなんて」
「…それは言い方悪いです、別に私弱み握ったなんて思って―」



触れてもいいと言うことは抱きしめてもいいということだろうか。



「元親さん!?」


ああ、何しているんだろう俺。ふくれた名前を俺の胸の中に閉じ込めていた。
たいして意識したわけではなく、自分でも正直驚いちまうところもある。
だが、離せなかった。


「いい、そのまま弱み握ってろ」
「え?」
「いいから」
「…はい」



好きになりそうだった。
この、好きになってはいけない相手に。

将来結婚することも、息子がいることも決まっている名前に。
もしかしたら元の場所に戻るかもしれない名前に。



だからこの先もしも本気で惚れてしまった時。
名前が俺のことを好きになったなら、その時は弱みで俺を離さないように。
名前が俺のことを好きにならなかったなら、その時は弱みで俺を離すように。

これは名前のためのものではない。
俺のための防柵だった。





  


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