惚れられました
【伊達妹】
「え、おい、何泣いてんだっ!
もしかして俺が怖がらせちまったか!?」
つい泣いてしまった私の横で慌て出す長曾我部様。
そんな様子を見ていたら何故だか悲しいはずだったのにいつの間にか笑いが溢れてしまった。
「どうした?」
「ご、ごめんなさい。
けれどどうしてか長曾我部様を見ていましたら悲しみの気持ちがどこかへ飛んでいってしまったようでした」
「お、おお、そうか・・・そりゃ良かった」
長曾我部様は自分は何もしていないと苦笑いなされるけれど、きっと私が今こうやって笑っているのは長曾我部様のおかげだろう。
共にいる相手が小十郎ならば私が泣いていたってそんな弱い精神力ではないはずだと言って怪しまれる上に怒られてしまうだろう。
「ありがとうございます」
「俺は何もしてねえから気にすんな。
それにしてもいけねえ兄さんだな、こんなに可愛い妹泣かしちまうなんてよ。
もったいねえことありゃしねえ」
「え?」
一礼をしてお礼を言ったけれどまだどことなく納得のいかない顔をしてしまった。
もしかして私の礼儀がなっていないんじゃ・・・そう焦って見たら耳を疑う言葉を聞いてしまった。
長曾我部様が仰った”可愛い”という言葉・・・耳を疑ってしまった。
「あらあら、お上手ですね」
長曾我部元親といえば四国を治めるというお方。
そのようなお方がお世辞を言うとはたとえ大した意味があろうとなかろうと意外だった。
「世辞と言えども長曾我部様からそのような言葉を頂けて光栄です」
「おいおい、今度は作り笑顔かよ」
「・・・先程は素直に笑えていましたか?」
私の問いかけに長曾我部様は首をひとつ振る。
ああ、ばれていたんだ。
昔から素直な感情が出すのが苦手な私。
これも兄様のせいだけれど、きっと。
「心から笑え、無理に笑う必要はないんだからよ」
「長曾我部様・・・。
有難いお言葉ですが生憎私素直に感情を出すのが難しいのです」
「もったいねえ、さっきの笑顔はなかなかのもんだったぜ。
・・・・・・よし、決めた」
何をか、そう顔を上げて聞こうとした時だった。
体が宙に上がった。
「長曾我部様!?」
長曾我部様が私の体を持ち上げていた。
手足を動かして抵抗はしているものの降ろしてはもらえない。
「この鬼の名にかけてお前さんを笑わせてやる」
「え、え?」
「千っつったな?
俺は千の笑顔に惚れちまったぜ!」
「・・・・・・はい!?」
惚れたって、好きとかそういうことと同じ意味で・・・。
どう見ても長曾我部様の顔は本気だと物語っている。
「惚れた女を笑わせんのが男の役目ってもんだぜ?」
「長曾我部様、それは―・・・」
私の言葉を遮ってふっと唇に柔らかいものが触れた。
「元親、だ。
わかったか?」
「も、元親様・・・」
「意外と可愛い反応もできんじゃねえの」
私の唇に触れたのは元親様の唇で。
一瞬にして頭が混乱してしまったのは言うべきもあらず。
今この時から元親様には抗えない私が始まった。
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