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これは遠い昔のお話。
有名な呉服屋を営む父に育てらた主人公、お鶴。
母はなくとも愛情いっぱいで、何不自由なく育てられ幸せに暮らしていました。
そんなある日父が行き倒れになった婦人、それと婦人の子供達二人を家に入れました。
しばらくして父とその婦人が結ばれ、婦人は母の座に着きました。
それでもお鶴はそれを素直に受け止め、新しい家族と仲良くやろうと一生懸命に努力しました。
しかしなかなかひとつになろうとしない家族。
それもそのはず婦人の目的は父の財産。
それ以外は目障りなだけでした。
父が死ねば、すぐに家は母となった婦人に乗っ取られました。
残るは目障りなお鶴。
身を売るのと、ここで私の言うことをすべてきくことのどちらがいいか。
婦人の突然の問いかけにお鶴は後者を選びました。
家を乗っ取られてしまった今、お鶴には父への申し訳なさ、家だけは守るという意思しか残っていなかったのです。
しかしそれがお鶴の涙を流す日々の始まりでした。
金のあることをいいことに婦人たちは目一杯粧飾やら酒やら贅沢をし始めたのです。
お金がなくなるのはなるのは時間の問題。
お鶴は家事をしつつ、金勘定を近くの商人に習いながら必死で家を切り盛りしました。
『父上、母上・・・私いっそお二人のもとへ行きたいです。
辛いんです、今生きていることが』
父の回忌の墓参りも既にお鶴一人。
帰りたくない、帰りたくない・・・お鶴は人知れず涙を流しました。
いっそこの手で。
・・・もしも自分が死んでしまえば、あの家は完全にあの人たちのものになる。
油断すれば使用人のものになってしまうかもしれない。
その思いだけで今のお鶴の命は成り立っていました。
今日は休むと言ってしまった以上は帰ってこれからやることはない。
日も暮れてしまった頃。
暇になる、そう考えた時久々の猶予と両親への思いでお鶴の目からは涙が溢れてきました。
『大丈夫か?』
『え?』
突然話しかけられお鶴は硬直してしまいました。
声の主はよく見ればお侍様。
脇差をさしていい着物を着ていました。
『泣いてるのか?』
『だ、大丈夫ですっ!泣いてなんかないですっ!』
急いでお鶴は涙を拭い始めましたがお侍様はその手を無言で止め、お鶴をぎゅっと抱きしめました。
『おやめくださいお侍様!』
『・・・我慢すんな、女は辛い時は泣いていいんだぜ?
俺が全部受け止めてやるから』
『お侍、さま・・・・・・』
お鶴はお侍様の胸に体を預け、ずっとずっと一人で背負ったものがお侍様のぬくもりの中ですうっとなくなっていくのを感じました。
『辛いのか?』
『父母が亡くなり寂しいだけで辛くは・・・』
よぎる婦人たちの顔にお鶴は苦笑いを浮かべました。
その表情に切なさを感じたお侍様はお鶴の手を取り、言いました。
『城へこねえか?』
『いけません、私なんかっ』
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