20
斎藤が本気でまいっているところを見るのは初めてだった。
確かに俺はこいつを泣かせてはしまったがそれは叫ぶ元気はまだあったもんだ。
その斎藤が今。
俺に縋りいて子供のように泣いている。
今まできっと幼馴染である慶次の前でも・・・下手したら家族の誰の前でも泣くことはなかったんだろう。
なかなか嗚咽はおさまりそうにない。
黙って背中をさするしか俺にはできなかった。
「ごめん、ごめんね、迷惑かけてごめんね」
「誰も迷惑だって思ってねえよ、それに溜めた鬱憤は晴らしたもん勝ちだっての。
今のうちに涙枯れるまで泣いとけ」
「・・・ありがとね、長曾我部」
顔は俺の胸にうずめてる状態だからどんな顔になっているのかはわからない。
だけど声を聞く限りではおさまってきたんだろう。
それに少し安心する。
「涼みに入ってもらったのにごめんね、本当」
「だから気にすんなって・・・・・・・・・かすがさん?」
斎藤を抱きしめたまま、頭を撫でていればドアの隙間から見えたかすがさんの顔。
咄嗟に慌てて斎藤を離せばかすがさんが入ってくる。
「お邪魔だったか?」
『いえいえ、とんでもない!』
離れてから失ったぬくもりの大きさを感じる。
また、俺は流れだったとはいえ、何をしてしまったんだと柄にもなく無性に恥ずかしくなる。
「斎藤・・悪かったな」
「あのっ、本当っ、ごめんなさい!」
同じことを考えていたのか斎藤の顔は心なしか赤くなっていた。
それを見たかすがさんがひとつため息をつく。
「二人の世界に入るのはせめて私が帰ってからにでもしてくれ・・・。
それで名前、原稿は?」
「原稿は大丈夫です、今持ってくるので待っててください」
バタバタと走って仕事場があるであろう2階へと上がっていくと少しだけ動悸がおさまる。
「長曾我部、ありがとな。
名前あいつ何気に強がるからたぶん今までずっと一人で泣いてきたんだが、やっと人に甘えたからな」
「別に・・・ただ放っておけなくなっただけで」
「その気持ちに感謝している」
あ、笑った。
かすがさんの普段見せている顔も美人だが笑うともっと美人だとそう思った。
だけど、何故か俺の中では真っ赤になった斎藤の顔が頭から離れずただ照れてしまう気持ちを隠すのに精一杯だった。
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