「名前、どうした?」
「いいや、なんでもない・・・ありがと、とってきてくれて」

流れてしまった涙を見せないように拭ってから思いっきり笑った。
そして、タオルを取ろうとすると掴めず動きを止めることができなかった体は元親に受け止められた。

「元親、タオル・・・」
「俺が拭いてやるから病人は黙ってな」


そう言うなり、額をつつかれた。
地味に痛いんだけど、でもそれが何故か悪くないように思ってしまう。


「ほら、脱げ」

元親のその言葉に一瞬焦るものの、大人しく寝間着のボタンをひとつひとつ開けていった。

わかってる、元親が今私を抱こうとは思っていないことを。
わかってる、元親が私のことを女だと見ていないことを。

好きになっていないなら気にもしないこと。
なのに少なからず頭によぎる考え。



「元親、やっぱり残酷だよ」
「は?」
「元親なんか、元親なんか嫌いよ・・・」
「え」

嫌いだとは思ってない。
だけど、今ここで言っておかなければ自分の意識の中で元には戻れない気がした。
もしも好意をはっきりと認識してしまえば、私は全てが変わってしまうんだろう。

堕ちていってしまうのが怖い、元親を好きになってしまいそうになる自分がおぞましい。


「私に言われたからって何も思わないでしょ、どうせ」
「んな訳ねえよ」
「ああもう、私が馬鹿みたい。
 いや、本当に馬鹿だよ・・・元親にとっては都合がいいんだろうけど」


口だけの嫌いだなんてなんの意味もない。
こんな時元就ならなんて言ってみせるだろう。


はっきりと『嫌い』?
それとも正直に『好きになった』?


鬼と人間。
ただそこに越えられない壁があった。


ただし、私にだけ生じる壁。
理由は簡単。
元親が私を想う未来はやってはこないから。
いずれは離れる、この世か元親か・・・それはまだ決まっていないけれど。




「俺は名前には嫌われたくねえよ。
 本当にそう思ってる」
「そっか・・・」


元親の本当は本当なのか。

「人間って馬鹿だね」
「本当にな」


力なく笑った私に触れた元親の唇。


この世に偶然が存在しないのなら・・・
神様がいて、神様が世界を作っているのなら・・・



どうして元親に出会ってしまったんだろう。







  


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