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「そうだな、でも過去を捨てたら今までが全て無駄になるんじゃないのか?」
「思い出ならいつまでも残りましょう。
虚しさなら時間を重ねるたびに増えていきましょう。
孫八さん、その子を心配するならもう気持ちの整理をさせてあげるべきよ」
私に気持ちの整理を。
でも、でも・・・だ。
私が元親に恋をしていたら仇に恋をしていたことになる。
本山に恋をしているのがばれたら一生帰れないだろうな。
長曾我部でも女だとばれたら・・・。
考えたくもないが、捨てられる。
私には居場所がなくなってしまうんだな。
「そうだな・・・世話になった、もう帰らせてもらう」
「えっ、もう?」
「元親がこういうの煩いからな、きっと。
前々までは通ってたみたいなのにぱったり止んだからな」
会計を済ませて私は店を出た。
これからのことどうしようか。
元親が言ってることはもしかしたら本気なのかもしれない。
それでもだという話だ。
もし過去に戻れるならあの時私に接吻をした元親を殴ってやりたい。
抵抗しきれなかった私をしばきまわしたい。
「はあー、帰りたくなってきたな・・・」
もうすぐ城の門が見えてくるという頃。
「孫八・・・?」
元親の声が聞こえた。
え、何で?
「何で元親此処に」
「何でってお前がどっかにいってたから探しにきたんだろうが!
何処行ってた!?」
元親をよく見ると息切れが激しい。
どうやら走り回ってたんだろう。
「ごめん、眠れなくて」
「無事でよかった」
そう言って私を抱きしめる元親。
こんなところでするなという思いも先程指摘された恋という気持ちによって遮られてしまう。
「ごめん、心配掛けてごめん・・・」
「何処行ってたんだ?」
「うっ、ちょっと飲みに・・・」
「その割には体温も低いようだが」
そりゃ花街から歩いて帰ってきた訳だし、体も酔いも冷めるだろう。
だいたいあんまり飲んでないし。
「あんまり飲めなかった、金なくて」
「そんなことなら俺んとこに来りゃいいのによ」
行けなかったから飲みに行ったんだ、そんなこと言えるはずもなく元親と城に帰った。
繋がれた手に汗をかいて、胸の鼓動は離れるまで収まる事は無かった。
私はどれだけ意識すれば気が済むんだろう。
今までの世の女子ほどの経験もない故なのか、
元親が好きすぎているのか、
わからないことだった。
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