13.崩れる建前

唇にそっと触れた感触に。
政宗様が私のことを好いているという事実。


「はっはっは、私としたことが小十郎さんにおかえりなさいを言ってませんでした!」
「…逃げんな」
「うっ」


真実味がなくて、逃げようとしたものの冷静に逃げ道を断ち切られた。
これで冗談だって笑ってくれたらいくらか気が楽なのに、政宗様は真面目な顔をしていらっしゃる。

政宗様のこと。
大事な主であって、どんな想いを抱いているかなんて考えたこともなかった。



「しかし、あなたが散々延ばした田村との縁談。忘れているわけではありませんよね」
「…え、あっ、ああ!」


確かにすると言っていたのは幼少期の頃だから仕方ない気もするけれど。
まさか本当に忘れていたとは思いもしなかった。

田村の娘と農民だった私。
格が違いすぎる。
もしもこのまま政宗様が選ぶべき選択をできないことがあれば、伊達にとっても痛いだろう。
だから、早急になんとかしなければならぬ問題。


「もう、あなたというお方は。忘れていた事を咎めることは…いえ、実際は咎めたいものですけど。とりあえず今回私からはお咎めなしでいいです。
 私は小十郎さんにおかえりなさいを言いますので今夜はちゃんとお休みください」
「Stop!小十郎に言う気か!?」
「政宗様がちゃんとお休みになられないのならば、ですね」
「Good night!!」


最後の南蛮語はよくわからなかったけれどちゃんとお休みになられるということだろう。
大人になって変わってしまったところはたくさんあるけれど、本質は変わってないんだと思うと小さな笑いが込み上げてくる。


「さて…」


伸びをしてから、きっとどんちゃん騒ぎをしている間小十郎さんはは畑にいるんだろうと思い、畑に来たわけだけど。
どんぴしゃだった。


「小十郎さん、お帰りなさいませ。此度の戦もご苦労様でした」
「これはこれは…。政宗様がこんなにも早くあなたを解放なさるとは珍しいこともあることで」
「少々小十郎さんにお話がありまして」


政宗様は約束通りちゃんとお休みなられていることだろう。
だけど、やっぱり私には今のままにはできなかった。



「田村との縁談、そろそろすべき頃なのではないですか」
「確かに先送りにしてここまできました。しかし、政宗様がなんというか」
「このまま向こうが行き遅れになるのは可哀想ではないですか」
「それは納得できますが」
「ならば」
「…とうとう政宗様が、気持ちを仰ったのですか?」


一瞬時が止まったようだった。
ついさっきの出来事を見透かされている、そんな気分。思い出しては叫びたくもなる。


「政宗様もだが、あなたもわかりやすい…。あなたはいいのですか」
「へ、私がでございますか?どうして?」
「…政宗様の方がそちらは一枚上手でしたか。
 本当はこのようなこと聞いたと口外してはならぬのでしょうが、政宗様は幼少の頃よりあなたと添い遂げると約束したと」
「約、束…」


幼少期。
確かに幸せを私にも掴ませてやるとのこと。だけどそれ以外は約束した覚えがない。


「確か、幸せを掴ませるとのことで…婚姻を結んで幸せにすると」
「そんな、お家があろうお方が私など取らせてはなりません!」
「家臣の娘とはいえ、亡き基信公の娘。内を固めていくならば政宗様の妻になるのも反対は少ないでしょう。この機会にどうです、考えてみては?」


あれ、小十郎さん知らないんだったっけ…私が農民の出であることを。
生まれてから今まで、遠藤の父上に育てられた時間の方が長い。本当の家族のことを覚えてはいるものの、記憶が全て確かであるとは言いづらい。
だけど、結局は農民の出であることには変わりはない。

小十郎さんが政宗様の近侍になったのよりも私がここに来たほうが早い。
私が養子に入ったことも知らない人は多いし、知らなくても仕方がない。


「私は、父上の実の子ではないのですよ。
 幼少期、輝宗様と出会っていなければ私はどこかでひっそりと死んでいた身です。生きていても百姓でした」
「…初耳ですぞ」
「あまり知られていないことではあると存じます。政宗様でさえも、知らないはずでしょうし」


今になって自分でも気付いた。
そうだ、政宗様に初めてあった時、既に私は遠藤基信の娘だった。


「政宗様が、そうお考えならば…ちゃんと説明いたしますので」


きっと政宗様に本当の出を言えば、納得して婚姻を結ぶなんて言わないだろう。好いている、そんな気持ちも自然と失うだろう。
今までの関係が壊れるのならば、私は泣いてしまうかもしれない。だけど、伊達のため。政宗様のため。
できないわけがない。


「そのような苦しいお顔をなされているのに、どうして」
「苦しい顔…?」


まさか、私が。


「政宗様を好いていると、自覚されていなかったのでしょう?」
「政宗様のこと、昔から好いておりますよ」
「わからずやな方だ…もう梵天丸様から変わらずところはありますが男として立派になられたでしょう。愛されたいとは思いませぬか」
「愛されたいと…」


願ってはいけないことなのに。

抱きしめられて。
額に口付けを落とされて。
唇に…。

それ以上を望んでしまっては、いけない。
だから…考えたことなかったんだ。政宗様への想いを。


「そのように押し黙っていては亡きお父上に顔向けできませんぞ」
「は、はいっ!
 ならば一層、私の出自は政宗様に伝えます」


私の全てを知って、私を選んでくれるのならば。
もしも本当にそんなことがあるのならば、政宗様への想い…考えて、ちゃんと自覚させる。
一人では難しくても少し困り顔してる小十郎さんも、先に逝かれた父上だっている。きっと上手くいく。
そんな気がした。






  


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