09.お役目御免

『小十郎さんが梵天丸様の右目となるのでしょうから…ならば私は涙を拭う手ぐらいにはなりたいのです』


『伊達輝宗がご嫡男。この手は国を治め…国の全てを持つ手です。
 そんな手が男の涙を拭ってはいけません。だから私が代わりに拭います』


『私は梵天丸様の手、です』



いつのことだったか。
俺が右目の光を失ってしばらくしたころ、手を手に入れた。

俺の涙を拭う手。
俺の傷を癒す手。


名前に天下を誓ったのもその頃だ。


それから、並の覚悟じゃならねえことも十分自覚していたつもりだ。
血も涙も無いと言われることだって覚悟した。


だから、もう名前の手は幸せを掴むことだけをさせてやりたかったというのに。








「政宗様!!」
「筆頭、お気を確かに!!」
「政宗様!!!」


数刻前のこと。
輝宗様が先日和睦した畠山方の二本松に拉致られた。
それからすぐに追って、追い詰めて、畠山勢を討ったと聞いたのだけれど。帰ってきた政宗様のお顔は真っ白で、無言で部屋に籠る政宗様を麩越しに呼んでいるものの反応はなかった。
結局その日は日が暮れてからも政宗様が部屋へ出ることはなかった。

幼子のように考えてはいけないということはわかってた。
だけど、気づいてた時には体が動いていた。








「………お役目御免じゃなかったのかよ」
「………」


部屋へ入り込むと、明かりもつけずに文机に向かう政宗様。
傍によって座り込むと初めてその背中が微かに震えていたことに気付く。


「まだだったようですね、お役目御免は」


政宗様の両頬に手を伸ばして、左目から流れた涙を拭う。


「…情けねえ」
「涙の訳を存じあげておりませんので、私は何も」
「聞いてねえのか」
「はい」


自分から話すだろうか。そう不安に思いながらも、頬から手を離して体勢を整えようとした時だった。
片手を引かれ、私の体は政宗様の腕の中にすっぽりと入った。



「…親父を討った」


抵抗する前に私の耳に届いたその言葉は私からその意を消し去った。
あまりにも衝撃が強く、動けなかった。


「輝宗様をですか」
「今回は右目の時と訳は違う、俺を最低だと思うなら今すぐに腕からすり出て行けばいい」


人としての行為、ということなんだろうか。
右目は病気で仕方なかった。
輝宗様を討ったことは、理由はどうであれ仕方なかったとは言えない。そういうこと。

今こんなにも体が震えている人に、悪意で親に手をかけられるわけがない。


「どうして、政宗様ばかりが苦しまないといけないんです…」


政宗様の首に手を回して、抱きしめれば切なさがこみ上げる。


ずっとずっとそうだ。

幼い頃に右目の光も、母の愛も、弟との関係も失って。
とうとう輝宗様さえも失った。

私の場合、生まれ変わることができた。
だけど、政宗様は伊達家当主としてずっとずっとこのままだ。


「名前…あんただけはどこにも行くな。Be beside me.(隣にいてくれ)」
「行く場所なんてどこにもないんです。私は伊達のために生きると遠い昔に決めたんですから」



本当の意味でお役目御免になるまでは。
政宗様を近くで見ていよう、政宗様に近くで感じてもらえるような距離でいよう。

伊達のため。

私がきっとできる恩返しはそれだけだから。政宗様の苦しみが少しでも和らげることができますように、それだけしか願えなかった。






  


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