07.ゆびきりげんまん

「名前っ、こ、小十郎はっ!?」


勢いよく襖を開けたのをまさか私と思わなんだ。梵天丸様は私の顔を見た途端に大きく目を開けた。


「失礼いたします。小十郎さんならそろそろ戻ってくるんじゃないですかね、振り切ってきたものですのでわかりませんが」


結局強行突破を言ったものの、小十郎さんは軽く反対なさられたけれどここで引き下がれない。そう思った私は小十郎さんを通り抜けてここまで走ってきた。
だけど未だに小十郎さんがここへは来ないのはきっと許してくれたからだろう…そう信じてる。



「お痩せになられましたね…」
「…」


梵天丸様の近くに座るものの、沈黙が流れてしまう。ついでに言えば私の方を向こうともしてもらえない。
小十郎さんの言っていた通りやはり右目はもうないのだろう。そこは包帯でぐるぐると巻かれており、気にしているからか髪の毛でその包帯までも隠そうとしている。


「梵天丸様…私を帰らそうとしたのは、私が嫌いだからすしょうか?」
「…違う」
「ならば、病み上がりにて私の顔は毒でしょうか?」
「違う」
「ならば、何故私の方を見てくださらないのでしょうか?」


勿論理由はわかってる。

酷なことをしている。
梵天丸様が生涯持つ負い目を今、この場で話させようとしているのだから。

だけど私にはこうするしか思い浮かばなかった。
梵天丸様の近くにいる子供の私だからこそ。



「俺の右目はもうない…。
 右目がなくて、もう左目しか残ってない。そんな気持ち悪い人間に―…名前?」


梵天丸様の言葉を聞き入れつつ、気付けば頬を撫でられていた。


「何で名前が泣いてんだ?」
「な、泣いてなど…お、おりませぬ」


しばらく自分でも泣いていたなんて気付かなかった。泣いているなんて認めたくもなかった。
頬に伸ばされた手を下ろし、ぎゅっとその手を握った。


「私は泣きませぬ、梵天丸様の涙を受け止めるために来たのですから」
「俺の?」
「小十郎さんが梵天丸様の右目となるのでしょうから…ならば私は涙を拭う手ぐらいにはなりたいのです」
「手にか?」


何でまた手なのだろうと疑問に思っているのだろう。
首をかしげて考えているようだったけれどわからなかったらしい。


「伊達輝宗がご嫡男。この手は国を治め…国の全てを持つ手です。
 そんな手が男の涙を拭ってはいけません。だから私が代わりに拭います」


国とか、年齢にしてはそんな難しい言葉を並べたけれど。ただ私はきっと泣けなかった梵天丸様を泣かせてあげたかった。
ずっとずっと辛かったのに、親族や家臣の手前。泣くことはなかなかできなかっただろう。
ただひたすらに自分の中に苦しみも悲しみも何もかもしまいこんできたのだろう。



「今ここは梵天丸様しかおりませぬ、泣いてください」
「名前…」
「私は梵天丸様の手、です」


片方の手は梵天丸様の手を握ったまま、片方の手は梵天丸様の頬を覆う。


『泣いてください』


そんなこと、真正面では言えなかったけれど。
梵天丸様の瞳から大粒の涙がこぼれ始めた。


「俺は…俺、はっ…必ず、立派な男になって、国を…治め、治めるから。
 だから、名前っ!……っ、その手に、幸せ掴ませてやっから、待ってろっ」


しゃっくりをあげながらも私にそう言う梵天丸様はもう既にいつもの梵天丸様だった。
私は繋ぎ繋ぎの言葉に頷きながら、涙を拭う。


「私に治世を見せてください、そして梵天丸様の幸せをどうか握らせてください」
「…ああ、俺の命に懸けても見せてやる。名前も民も、誰かれ構わず全員幸せにする。
 約束だ」


小指を互いに絡めると梵天丸様は満足そうに笑う。
久しぶりの笑顔。その笑顔に私もつられて笑うのだった。





  


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