06.会いたくて、壁

梵天丸様が熱を出してからしばらく私は米沢城への立ち入りを禁止された。それは勿論父上から。
その間は家と神社を往復。帰ってきた父上に梵天丸様の様子を聞くことの繰り返し。
何度芸に励めと怒られたんだろう。わからない。だけど今となっては武家の娘としての私を助ける芸なんてどうでも良かった。ただ、梵天丸様の無事を祈るしか私の頭になかった。



「梵天丸様に会えるのですか!?」


家から逃げ出しすぎてとうとう私にも監視がついた頃、やっと梵天丸様の体の調子が落ち着いたらしく城へ行く許可が父上から降りた。


「だが今はまだ無理はさせぬよう心懸けよ」
「わかりました!」

ただ嬉しくて。やっと梵天丸様に会えるのが嬉しくて。
この会えなかった時にできなかった話をしよう、何から話そうか…そんな、鼻歌交じりになりかけるほどに高揚した気持ち。

だけど、現実の壁は大きく立ち塞がるのだった。



「…入ってくるな!」


梵天丸様、そう襖越しから声を掛けていつものように入ろうとする私に投げられた言葉。初めて梵天丸様に拒まれた。


「梵天丸、様…?」
「名前に会いたくない。…小十郎、名前を帰らせろ」
「しかし、梵天丸様―」
「いいから早くっ!」


すると中から小十郎さんが部屋の外へ渋い顔をして出てきた。
なんでもこの人は輝宗様の小姓で、最近父上の推挙で梵天丸様の近侍になった人だとか。それで父上が一目を置いているとか。



「申し訳ございませんが只今梵天丸様に会うことは大変難しいかと」


小十郎さんが渋い顔をしてまで言うということ。梵天丸様はそんなにも私に会いたくないのだろうか。
だけどこれでも…農民の出である私が、将来お侍様となる梵天丸様の無事を祈って毎日神社へ通ったのだ。ただでは引き下がれなかった。


「大丈夫です、梵天丸様がいいというまで私はここを離れませんから。この廊下で寝泊りいたします。
 ですので、小十郎さんはどうぞ梵天丸様の元へ」
「ですが、それでは風邪を召されてしまいますぞ」
「梵天丸様の長続きした病に比べればどうってことありません。それに私だって遠藤の娘、このくらいで風邪をひくようなやわな体では父上に怒られてしまうというものです」


一目見るまでは帰らんぞ、その精神で廊下に腰を下ろした。
すると小十郎さんは苦笑を漏らす。そりゃそうだろう。
梵天丸様と私。確かに梵天丸様の命令は聞かなければならない。だけど小十郎様のこと。きっと私に風邪をひかせたくないのだろう。



「梵天丸様、あなたがなんと言おうと私は待ってますから。どうぞ、気の済むまで私を部屋へ入れないでください」


梵天丸様が私を部屋に入れない理由がわからない今、ただ待つしかなかった。
その姿に小十郎さんが何か思ったのか、少し待たれよ…そう言い残して部屋へ戻った。



「少し外へ出ましょうか」


梵天丸様を部屋に残したまま、小十郎さんは私を連れて縁側から続く畑へ出た。
なんとなくだけど、少し空気が重い気がした。



「…本当は私が勝手に言うことはいけないことでしょうが。
 先の病にて梵天丸様の右目はもうございません」
「っ!?…や、病はそんなに重かったのですか?!」
「いや、梵天丸様が自ら望まれて…この手で右目を抉りとりました」
「そんな」


小十郎さんにとってもきっと辛かったんだろう。語る目が苦しそうだ。
それに比べて私は何もできなかった。
ずっとずっと苦しんでいる中で何もできなかったんだ。


「それでは尚の事…」
「は?」
「梵天丸様が私と会ってくださらないのは右目のことなのでしょう。ならば、尚更会わなければなりませぬ」


過去にはもう戻れない。


このことで何度後悔したことか。今でもわかっていても実の家族のことを悔やんでしまう。
だけど輝宗様の好意で私は新たな私になった。新たな人生を得た。
これから先の未来…それが、私が梵天丸様に何かができる好機が在している。



「ですが、梵天丸様は―」
「強行突破。武家の娘がそれぐらいできなくてどうします?」



今度ばかりは力づくでも、無理矢理でも…梵天丸様の力になる。
その気持ちが私を梵天丸様の部屋の襖を勢いよく開けさせるのだった。





  


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