01.はじまりの川
戦で両親が死に、幼い兄弟も死に一人になった。
『どうしてお侍様は戦をするの?』
そう問うて母様を何度困らせたんだろう。もう数え切れない。だけど、もう今となっては数は増えない。
一人になった。改めて実感すれば涙が出た。
私たち農民は何も悪いことなんてしてない。日が昇れば田を耕して、日が沈めば休む。毎日がその繰り返しだった。真面目にやっていても年貢が自由を蝕む。
子供ながらにこの世に生を受けることは考えものだと思うこともあった。だけど、その度生まれなければ父様にも母様にも会えなかった。そう考えて有難いと。
だけど。だけど。だけど。
この状況は何。
もう耕す田はない。みんな死んだ。残っているのは何もできない幼い私。もう大好きな人には二度と会えない。
頼れる人がいなければ生きてはいけぬ世の中、仕方がない。残された命も終えてしまおうと気力だけで川に向かって歩く。
「誰だ!」
しばらく歩いて川の近くまで着くと、そんな声が聴こえた。既に先客かとも思ったけれど違う。
血の気が引く。
全身に寒気が走る。
「お侍様…」
立派な体躯に、血の匂いを醸し出す鎧。そのお侍様自身も傷ついているのか、苦しそうな顔をしている。
「このあたりの子供?」
「あ、あ…いやっ、ああ、あ」
近づいてくるお侍様が恐ろしくて頭が真っ白になっていく中、お侍様の手が私の頭に触れた。
その瞬間叫びそうになった。確かに、口を開けた。だけど、私は叫んでいなかった。
「大丈夫、俺は君の命は奪わない」
お侍様は私に笑いかけて、頭を撫でた。何故かその手が安心できて、平常心を取り戻す。
そうやって私を落ち着かせたお侍様だったけれど痛みがひどいんだろうか、笑顔が段々とひきつってくる。
「あ、あの、お侍様、怪我が」
「ん?ああ、そうだね。まだ死ぬわけにもいかないんだけどね…君、米沢城ってわかるかな」
「…大きなお城の?」
「すごく私情で申し訳ないんだけど俺まだ死ぬわけにはいかないんだ。お礼はちゃんとする、城まで行って俺がここにいることを知らせてくれないかな」
息が今にも絶えてしまうんじゃないかという恐怖と、自分がもうすぐ死ぬ身だからという諦めと。
どっちが勝っていたのかはわからなかった。人が死んでしまうのを見たくなくて、私は預けられた刀を持ってひたすらに走った。ただ米沢城までの道を走った。
どれだけの時間を走ったんだろうか。やっとの思いで城の前に着いた時には日が沈む頃。
大きな門の前、どうすればいいんだろうか。もうどうにでもなれ。
無理やり門の前に立つ城番に押し詰めた。
「あの、この刀の、お侍様が!」
「ちょっと、ちょっと待て、どこの娘だ」
「とにかく、大変なんです!見て、いいから!」
「だから!」
やっぱり身分が賎しいから信じてもらえないんだろうか。だけど、あの人の命を助けられるようにするには私しかいない。
「こんな立派な刀、そこらへんのものじゃない!」
「…娘!その刀どこから持ってきた!?」
必死に城番に問い詰めている中、後ろからたくさんの馬の足音と一緒に声が聴こえてきた。さっきのお侍様ほどとは言わないけれどすごく立派な格好。
「川の、広瀬の川ですっ、お侍様の命が大変なんです!」
やっと取り合う人がきた。その思いいっぱいで、そのお侍様が馬から降りた瞬間に刀を渡す。
「輝宗様…。娘、此度は礼を言うぞ」
刀を握り、何か確信したのか。後ろに続く人たちにすぐに川に向かうように指示を出していた。
良かった、その安堵でふっと力が抜ける。同時に冷たい地面に体を預けることとなった。
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