第二十六話

「あぁっ!」

あれ、俺寝てた・・・?
寝てたみてぇだな。

「元親、おはよう」

隣にいたのは彼女である女だった。

「おう、おはよう。
 ・・・・・・お前さん、俺が寝てる間に何かしたか?」
「へ?」
「キスしたか?
 すっげぇ良かったんだが・・・」
「え、ああっ、うんっ!
 したよ、そんなに良かったの?」

不自然なくらいに慌ててる様子を見てると本当かどうか窺わしい。
っていうか、自分の彼女に窺わしいって俺もどうかと思うが・・・。

「それならいくらでもしてあげるよ?」

そう言って、身を乗り出して俺の唇を塞いだ。
確かにいつも感じてる感触だ。

・・・だが、さっきとは違う。
もっと唇が柔らかくて・・・でも、すぐに離れてしまってしまった。
目の前にいる女がすぐに止めてしまうなんて考えられねぇ。
その証拠にいつも長いし、今だってなかなか唇は離れねぇ。
俺の唇が奪われたのは事実かもしれない。


夢を見ていた。
相手はよく見えなかった訳だが、俺のことを”チカちゃん”と呼んで、何故かわからなかったが凄く切なかった。


「お前さん、してねぇだろ?」
「え?」
「悪いが、嘘つく女と付き合うつもりはねぇ。別れてくれ」
「ちょ、元親!
 確かに今嘘ついたけど、さっきまで先生しかいなかったんだよ?先生がしたっていうの?」
「・・・生憎だが、寝てる間だったからな夢だったのかもな?
 じゃあな、今度は顔だけで男を選ぶなんてことはしねぇんだな。
 悪かったな、俺の暇つぶしに付き合わせて・・・」
「待って、待ってよ!」

後ろで聞こえる女の声は耳障りで仕方がなかった。
今の俺はただ、先生に会いたい一心だった。

そんな時だった、俺の携帯が鳴った。

「もしもし、政宗か?」
「よお、元親。今から十分後に道場へ来い、じゃあな」

そこで、すぐに電話は切れた。
どういうことだ?
ほんと、わかりにくいことする奴だ。

仕方ない、と俺は友の待つ道場へと足を向かわせた。





道場の扉を開けると、政宗が着替えもせずにさっきとそのままの格好で俺を待っていた。

「政宗、待たせたな」
「・・・元親、今から一本勝負をするか」

は・・・?
いきなりかよ!
俺は先生に会いたかったりもするんだが・・・。

「おいおい、どういうことか説明ぐらいしろや・・・」
「・・・そうだったな。
 今此処に屋上の鍵がある、小十郎に借りた。
 俺から勝負したらこの鍵はくれてやる。
 honeyー・・・もとい、斎藤先生と行きたかったら俺に勝て、彼女と行きたいなら俺に負ければいい」

先生に会いたければ、勝てばいいってことだよな?

「随分親切にしてくれるんだな」
「そうか、だが俺は一切の手加減はしない」
「・・・おお、それが鍛えってやった奴に言うか?」
「重さはアンタの方が上でも、速さ自体は俺の方が上だ」
「ま、御尤もな訳だが・・・行くぜ?」
「ああ」


政宗の目はマジだった。
こりゃ、俺の方も本気を出さなきゃいけねぇみてぇだ。

「どうした、俺に負けたらいいだろ?」
「俺は、勝つ」
「honeyを傷つけるだけならさっさとくたばれ」

傷つける・・・?
俺が知らねぇうちに傷つけたこともあるっていう言い様だな。

・・・記憶のねぇ俺にはなんとも言いようは無い。
だが、傷つけるつもりなんかある訳がない。

「俺は先生が、好きなんだよっ!!」
「ーっ!?」

俺の言葉に動揺したのか、少しだが政宗の動きがぶれた。
その隙に政宗の首へ俺の竹刀を止めた。

「・・・わかるよな?」
「胴着着てないから痛い、か?
 似た者同士か・・・仕方ねぇ、俺の負けだ。
 honeyを誘う権利はアンタにやるよ、honeyもう出てきて良いぜ?」
「・・・え?」

奥から俺が会いたかった先生が出てきた。

「いつから?」
「アンタが来る前に一度手合せしてたんだぜ?」
「何っ!?」

「・・・ちょ、長曾我部君・・・」
「先生、まさかいるとは思ってなくて・・・困るよな、生徒が教師を好きだとか・・・・・・」

申し訳ないという気持ちもあるが、今はそれを上回った恥ずかしさが勝った。

「honey、これはアンタにやる」
「え、これ・・・」
「元親には屋上の鍵だ、ジンスクとやらはわかってんだろうな?」
「あ、ああ・・・」

俺に屋上の鍵を託して、政宗は道場を出ていった。
今は先生と二人な訳だ。

「・・・・・・あ、えっと、先生?」
「あ、はい?」
「俺とちょっくら屋上へ付いて来てくれねぇか?」
「・・・いいけど、私でいいの?」
「ああ、お前さんとじゃなきゃ駄目だ」
「そ、そか・・・」

先生の赤くなった顔がえらく可愛らしい。
その顔に口付けの一つでも落としてぇもんだが、まずは自分に気持ちを言わずにそれをするつもりはねぇ。

先生の手を引き、階段を上がり、屋上の重いドアを開いた。
下を見れば、後夜祭で盛り上がってるのがよくわかる。
気付けば、もう日は沈んでる。


「先生・・・俺は、お前さんのことが好きだ」
「・・・・・・・・・でも、長曾我部君には彼女がいるよ」

先生は俯きながら喋ってるから、俺としては感情は読み取れてねぇが、少し声が震えてるのがわかった。

「彼女とは・・・別れた」
「え?」
「生憎だが、俺は嘘つくやつはごめんだし、顔だけで俺を選んだ奴だってごめんだ」
「でも、私は教師だよ?」
「教師、−の前は?
 悪いが記憶がないもんではっきりとは言えねぇが、教師と生徒だけじゃねぇだろ?」


俯いた先生の顎を取り、こちらを向かせたらそこには泣き顔があった。

「泣くほど嫌だったか?」
「違うっ、私、だって・・・。
 ・・・私たち幼馴染だったんだよ、チカちゃん」

”チカちゃん”って呼んでたのは、この人だったのか。

「そうやって呼んでくれてたんだな。
 気づかなくてごめんな・・・」
「ううん、でもやっぱり思い出せない?」

幼き日の思い出はなんとなく甦ってきたがまだ、足んねぇ。

「これ、チカちゃんが私にくれたんだよ?」

そう言って、鞄から取り出した犬のストラップ。
俺に握らせたそれは、見覚えがあった。

「・・・・・・・名前、ちゃん・・・?」


最後の日に俺が渡した犬のストラップ。
また会う約束をして握らせたストラップ。
そのストラップは、十数年経つというのに未だに綺麗に形を保っていた。

「チカちゃんって気づいた時にこれを思いだしたよ・・・。
 また、会えたね・・・」

「名前、ちゃん・・・・・・」

俺の口から出る、愛しい女の名。

「名前・・・・・・・・・・・・・・・・」


「思い出した?」

「・・・全部。
 全部、思い出した」


今本当は俺の方も泣きそうだ。









  


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