第五十七話
元親さんの運転で家に着くころにはもう既に月が照っていた。
そんなに遅い時間という訳ではないが季節の問題なんだろう。
「意外と早く暗くなっちまったから親御さんにも謝りに行くな?」
「わざわざ言わなくても大丈夫ですよ!元親さんもお疲れでしょうし」
「そういう訳にはいかねえよ。
あ、親泰車後は頼めるか?」
元親さんは車から出て窓から鍵を親泰さんに渡すと私の方へ回ってドアを開けてくれた。
私も開けてもらったまま一瞬遠慮したいという気持ちはあったもののこれ以上何かしてたら迷惑が増えると素直に応じた。
「ほら行くぞ。
俺がこういう時に謝ってねえと親御さんの好感度も下がっちまうしな」
「好感度なんて、そんな」
「特に問題は親父さんだ。
将来挨拶行った時に娘はやらんと言われても仕方ねえし・・・」
「・・・そんな心配はないですよ」
自分で父さんがそんなことを言う想像なんてできなかった。
私の予想ではきっと父さんは好きな人なら別にいい、みたいなことを言う。
どちらかと母さんが軽く心配するんだと思う。
でもどうせ相手が元親さんなら二人とも心配することはないんだろう。
さすがに今日にでもされたら引っ越しを考えだすかもしれないけど・・・。
正直今の私にとっては親の反応なんてどうでもよかった。
問題は元親さんが将来、あの、いわゆる同伴者になるという思わせぶりをさせたことだった。
元親さんと将来を共にするなんてあまり考えられない。
一度過ごしたと言っても予想しがたいことは予想しがたい。
それ以上に少しでも考えてしまうと早くなる鼓動が一番の問題だった。
「じゃあインターホン押しますね」
軽く深呼吸をした元親さんを前に私はインターホンを押し、母さんの応答を待った。
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「そう、わざわざありがとうね」
話を軽く済ませた後の母さんの機嫌はどこかよかった気がする。
どうしてなんだろう、とか思ってもわからない。
私としてはとりあえず元親さんがほっとしてるところを見れたのでよしとする。
「じゃあ俺はこれで・・・」
「あ、私そこまで見送りますっ」
「そこまでってどうせ隣なんだから大丈夫だ」
「でもっ・・・」
「大丈夫だ。
今日は疲れたろ、ちゃんと休んでくれ。
それに親貞とか親泰とかはまだ明日もいるから」
元親さんが私の頭を撫でながらそう言って断られてしまったので私としても言いようがなかった。
たぶん母さんに何があったのかとか気付かれないようにするためなんだろう。
私を心配してっていうところもあるかもしれないけど。
元親さんはお邪魔しましたと客間を出た。
母さんはというとちょっと足が痺れたのでと言ってそのまま客間に居座っていた。
チャンスだと思い、私は一人で玄関まで追いかけた。
「じゃあお邪魔しました。
・・・おやすみ、名前」
「おやすみなさい」
「ほんとに隣に住んでるってのにこういう時があるって思ったより辛いな。
たった一日じゃ足りねえな、俺が」
苦笑いしながら言うものの結局は我慢してるので、そこは大人だからなんだろう。
私としてもそこは我慢しなくちゃいけないとわかっているものの少しでも離れるのが寂しく思ってしまう。
そのせいか・・・無意識のうちに元親さんの手を掴んでいる自分がいた。
「名前?」
「え、あ、ごめんなさいっ!
何もないんです、何も・・・はい、何もないんです」
とっさに手を離したけれど離したときに少し後悔してしまった。
すると元親さんは仕方ないというように手を伸ばし、私の体を軽く抱きしめた。
「名前、俺もらしくなく緊張してんのわかるか?」
「え?」
「此処でしちゃ駄目だってわかってる、抱きしめるつもりだってなかった。
なのに我慢できなかった、ドキドキしてるのに止めたくもねえよ」
「私だってずっと元親さんと・・・・・・触れ合ってたいです・・・」
力を込めれずにいるのはせめて、ということだと思う。
でも油断してたらせめて、という思いさえもが崩れそうになる。
それぐらいに元親さんと離れたくなかった。
でも、いつだって私を理解して望みを叶えてくれるのは元親さんで、状況を理解して止めるのも元親さんだったから・・・
今日は私から身を引いた。
「どうした?」
「たまには私からもちゃんと我慢しますよ。
明日も会いに行きます、だから今日はもうおやすみなさいです」
「そうか、そうだな。
おやすみ」
元親さんは私の額に軽く口付けを落とし、出て行った。
そんな姿を見送り、冬の風を浴びて私は明日と言えども長い時間に憂鬱になり始めるのだった。
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