14冬(元親)
『弥三郎様、お顔がとても赤うございまする!風邪をひいてしまいますから早くお部屋にお入りになられてください!』
『名前だって赤―』
『っくしゅん!』
『ははっ、くしゃみした…名前寒そうだし入ろうか』
『むっ…もう、弥三郎様は意地悪です!』
ある冬の思い出。俺はずっと外にいてなかなか味わえない寒さとやらを楽しんでいた。
吐けば出る白い息。夏は暑い土佐でも冬は寒さが増す思うと…どこか、愉快な気持ちになったもんだった。
あの会話で笑いあったんだか。
そのすぐあとだった。
冷たい地面に名前の血が飛び散っていた。
名前の腹が目の前にいた父の家臣の男の狂ったような瞳をする男の持つ刀によって貫かれていた。
一瞬何が起こったのかはわからなかった。
名前が俺を庇った…?
『はーっ、邪魔だっての…俺は、俺は、長曾我部嫡男を―』
『弥三郎様、お下がりくださいませっ』
『えっ』
体が頭についていかない。
きっと家臣の男は…俺を狙ったんだろう。姫、とも揶揄されるほど弱い嫡男。
それはこんな不安の世の中、狙われたっておかしくない。だが…今はそれが問題じゃなくて。
『名前っ!!』
だが、長曾我部国親の嫡男。その肩書きを持つ俺を無理やり家臣が連れて行く。
遠目で名前を抱き寄せ、無念そうな顔をする名前の親父さんの顔が見えた。
嘘だ。名前が死ぬわけがない。
また外に出ていれば名前が俺を怒りに呼びに来る。
その期待は2日後、名前の死の知らせによって終わりを告げた。
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「―の、殿」
「うわあ!…やっと帰ってきたか」
「どうかたかが忍びを寒い中外で待たないでください、いつもそう言っているでしょう?」
寒くなれば柄にもなく黙りこくって思い出す話。誰でもひとつやふたつはあるだろう。
毎年、毎年思い出して…償えない罪。
きっとこれから先何年、何十年と背負っていくんだろう。
気付けば任務を終えたのかやっと戻ってきた長曾我部に仕える忍の声。
名を聞いたことはない。
頭巾は頭に違和感が生じると言い、いつも首巻きに顔を埋めており、素顔はよくは見たことはない。
「寒いってのに悪かったな、お疲れさん」
「私は雇われてる身です、そんなこと言わなくていいんです。それに寒くないですし」
「だって名前の見えてる限り顔赤いぜ?」
「外の気温は低いのは確かですが寒くは―っくしゅん!」
ああ、こんなことも昔あったな。
「…お前さんも寒そうにしてるから入るか」
「ほんとに…意地悪ですね、我が主は」
「ああ、俺は意地悪だ」
そう笑って返せば良かったのに。
くしゃみをしたあとだからか、いつもの首巻きを下げており素顔が見えた。
「…名前?」
蘇る記憶。
重なる面影。
すぐに首巻きを戻すが、見えてしまった今。
どうしようもない。
「っ…ち、違います、私は名前という名前じゃないです」
「じゃあ何ですぐに首巻きを戻した」
「…これがいつもの私だから、です」
彼女は見つめる俺の瞳から逃げ、首巻きを整えながらそっぽを向いた。
「なら、俺の目まっすぐ見て言って―…泣いてんのか?」
「泣いてません」
「泣くな」
「だから私は名前ではないのですから。泣く理由などありません」
「もう、何も言わなくていい」
抱き寄せれば、女であるか疑うほどの力で抵抗する。
驚いてしまうが、ここまでさせたのは俺だと思うと苦笑がこぼれる。
「やっぱ女を黙らすにゃ、この方法か」
「ちょっ、殿、何、んっ」
ぐいと顔をひき、唇を重ねてしばらくすれば大人しくなる。
「あ、あなたは忍まで女に見るのですかっ」
「お前さんだからだ」
「この女たらし!」
すとん、と腰を落とす彼女。
「どうした?」
「…腰が、抜けました」
「おいおい。まあ、俺にとっては好都合だ」
「離れてくださいっ、この変態っ」
「認めたらなー?」
目の前にしゃがんで、距離を縮めると唾を飲み込む音が聴こえた。やっぱりな。わかってた。
だがしかし、沈黙が流れる。
「何で認めない?」
「私が名前じゃないからです」
「へえ、俺が知ってる名前とそっくりなんだがなあ…」
「そんな…!というか、だいたい十数年あいて何でそっくりな訳」
「誰も十数年とは言ってない訳なんだが、どうなんだ」
『名前?』
さすがに意地悪しすぎちまったのか。
怒ったような、困った顔をする名前。
「…思い出は綺麗なままがいいです」
「馬鹿、思い出なんぞより今のお前さんが欲しい。
生きててくれただけでよかった…守れなくて悪かった」
「………」
抱き寄せてみても今度は大人しかった。
もう一度名前に怒られようか。
そんなことを言ってみれば胸の中で赤い顔しながら、俺の腰に手を回す名前の顔が見えた。
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最初がいるのかなとか思っちゃ駄目ですね笑
正直書いた身としてはいらんと(以下略)
実は最近消費中のメモではもっと軽い話の予定だったんですが、未来はわかんないもんですね
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