「…何がですか?」

もう何が何やらまったく理解できないと雪男は嘆きたくなる。志摩といい勝呂といい、顔色が最悪な癖にその原因を言ってくれない。
二人はその原因を確かに知っているはずなのに。

「…もうそろそろ、向こうの二人も襲われとるかもしれんな」

「ええっ!?それってしえみさんたちのことですか!?」

「それ以外誰がおんねん」

「僕、ちょっと行ってきますね」

倒れている二人をここに置いていくのに気が引けたが、勝呂がすぐに大丈夫だと反応を返してくれた。ホルスターに装備している銃の手触りを確認して立ち上がると、呼び止められる。

「それいらんやろ」

「いや、これがないと…」

戦えないじゃないかと告げようとした瞬間、雪男は理解した。戦わなくてもいい相手なのだ。雪男にはそれだけで充分すぎた。

待っていた彼が来てくれたのだ。
ずっとずっと待っていた。
一年経つか経たないかのこの境目に来てくれたのだ。

自分と交わした約束を守りに来てくれたのだ。

雪男は胸が熱くなるのを感じ、気分が悪そうに頭を抱えている勝呂を労わることも出来ず、我慢できずに走り出してしまった。荒々しい音が響く中、勝呂がまた雪男を呼ぶ。
雪男は足を止めることは不可能に近かったので、走ったまま一瞬だけ視線を勝呂たちの方へ向けた。

「雪男!おめでとうな!!」

気分は最悪だろうに、大声で言ってくれた。目を覚ましたのか、子猫丸は声をあげることはしなくても、手を振ってくれているのが視界の端に捉えることができた。

雪男は走った。嬉しくて堪らなくて、ただ顔がにやけるのを必死で押さえようとする。

「ありがとう!!」

だからそれだけを言って雪男は廊下を走り抜けたのだ。
胸ポケットに触れる。その小さな膨らみに、雪男はまた嬉しくなって走るスピードを上げた。



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