アマイモンは重さというものを感じさせないほどの軽いジャンプをし、高く飛び上がると屋根の上へと着地した。ヘビモスも同じように屋根へと着地する。

「一体何が狙いだ!?」

「狙い?特にはありませんが、しいて言うならお願いされたからです」

お願いされた。雪男はその言葉を聞くと、この茶番劇にようやく納得がいった。

兄だ。虚無界の神である燐がアマイモンをこちらに向かわせたのだ。
地の王である彼を従わせるなんて彼にしか出来ない。
一体何を考えているんだと雪男は頭を抱えたくなった。その間もアマイモンは発砲されているというのに、それらを軽々と避けていく。

「それでは僕と祓魔師とで鬼ごっこです。鬼さんこちら、手の鳴る方へ」

そう言うと彼は屋根から降りて外へと逃げてしまった。その後を追う祓魔師たち。
雪男は少し悩んだ。このまま彼を追ってもいいのかと。

「奥村先生」

「はい」

「貴方は中の警備をお願いします」

ニコリと笑った笑みは、悪魔の彼にしては珍しい、慈愛というものが混じっている気がした。
雪男はそれに驚きつつも、素直に頷きアマイモンを追わず、中の警備に残った祓魔師たちと合流する。
そのメンバーは元塾生たちだった。騎士團内に現在いる他の人たちは他の任務と先程のアマイモンの方に人数を割いてしまったようだ。
勿論実力は申し分ないことは知っているが、それでもこの建物にたったこれだけの人数の警備では不安だ。
だが万年人手不足の祓魔師ではこれは仕方がないことである。

「雪ちゃん、お誕生日おめでとうございます!」

そんな事を考えていると、しえみが出会いがしらにペコリとお辞儀をしてお祝いの言葉を言い、次に出雲と勝呂、子猫丸と、雪男にささやかだがお祝いの言葉を贈ってくれた。
それにむず痒さを覚えた雪男は頬を染めて丁寧にお礼を言う。

「…あれ?」

「先生もせっかくの誕生日やのに、いきなりこないな事が起こって災難ですね」

「もう少しで雪ちゃんのお誕生日お祝いできたのに、お仕事だなんて…」

「さっさと終わってくれたらいいんだけど。アイツ、一体何しに来たのよ?」

「目的は分からんが、とりあえずは分かれて警備やな」

皆が会話をする中、雪男はもう一人足りない事に気が付いた。

「あの、志摩君は?」

「え?…あっ、ホンマや。あいついつの間に消えよった?」

全員辺りを探してみるが、志摩らしい影は見当たらなかった。勝呂の証言では確かに傍にいたらしいが、彼は忽然と姿を消してしまったのだ。

「まあ、あいつも一人前の祓魔師やしそない心配するこ「ぎゃああああ!」

悲鳴に皆が一斉に声のした方へと視線を向ける。あれは確かに志摩の声だった。
警戒しながらも慌てて向かうと、うつ伏せに倒れている志摩がいた。

「し、志摩!!どないしたんや!?」

「志摩さん!しっかりしてください」

真っ先に駆け寄る勝呂と子猫丸。医工騎士の免許も持っている雪男も志摩の傍に行くと、どこか怪我をしていないかを確認した。

「怪我は…無しですね。魔障も受けてませんし」

だが彼のダメージは深刻そうで、顔色を見ればかなり酷い状態だ。一体彼に何があったのか。するとボソボソと何かを言っているように聞こえた。ふるふると震えながら、もう一度。今度はちゃんと聞こえる声で言ってくれた。

「…おれのくちびるは、おんなのこせんようや」
なぜその言葉が出た。雪男はまた色々と突っ込みたい気分で仕方がない。というか、先程まで彼に向いていた心配や不安などの気持ちが一気に吹き飛んでしまった。

「…先生、こいつここで放置しときましょう」

「いや…とりあえずここに転がせておくのもなんだから病室に運んでおきます」

勝呂の気持ちはよく分かるが、それでも一応患者?でもある彼をここに置いておくのはしのびない。雪男は志摩に肩を貸すと、マトモに立てそうもない彼に実は重症なのかもとまた心配になってきた。

「ほんなら俺らは二組に分かれて調べてみるか」

「僕も彼を運び終えたらすぐに合流します」

「お願いしますわ」

雪男は志摩に肩を貸し、ベッドがあるだろう場所へと歩き出す。その間に勝呂たちは別の道へと分かれて行動した。

「志摩君、大丈夫ですか?」

「だ、だいじょうぶやないです…なんやフラフラしよりますわ」

「一体何があったんですか?」

「…いえません」

「は?」

「いうたらアカンのです」

志摩の言葉に雪男は首を傾げる。顔色は酷く、フラフラになりながらも志摩はこんな事になった原因を頑なに言おうとしない。ただ言うのは一言だけ。

「雪男君、ホンマおめでとう」

顔色が悪い癖に、それでも嬉しそうな笑顔で言うものだから雪男はそれ以上詮索も出来ず、ただ照れくさげに「ありがとうございます」とお礼を言う事しかできなかった。


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