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「ん、ちょっと、コレつけてもらった時のことを思い出してさ。…あけた相手に運命、握られるんだろ?」
お前あん時から俺のこと好きで好きで仕方なかったんだな、とからかいと挑発混じりに微笑む燐に、雪男はちょっと意外そうな顔をした。
「覚えてたんだ」
「まーな。で、その通りだとすると俺の運命はお前に握られてる。だったら、お前の運命も俺に寄越せよ」
睦言に恥じらい頬を染めた頃と変わらぬ顔で、そんな面影もなく艶めいた微笑を乗せて要求する燐に雪男は苦笑を返す。翻弄される一方だった昔に比べて今の燐は相当手強くなっていた。
「プロポーズみたい、って言ったらどうする?」
「あ?プロポーズだよ、雪男君」
ニヤニヤと頬杖をついて目を細める燐に、直球かよ、と雪男は額に手を当てた。予測していなかったわけではないが、これはクる。
「性質の悪い…他ではそんなこと言うなよ」
「言わねーよ、お前だけ」
くすくすと笑う燐に、雪男は降参、と手を上げて席を立ち、燐の手を引いて立ち上がらせるとそのまま寝室へ向かった。
「実はさ、それ僕も言おうと思ってたんだよ」
「何を?プロポーズ?」
「違うよ…ああ、違くもないか。僕が言おうと思ってたのは、ピアスあけさせてってほう」
一つしかないベッドに座る燐の前に膝をついた雪男は、小さなケースをひらいて差し出した。中には美しい青をしたピアスが鎮座する。
今度は本物だよ、と言われた同じ群青の両目は瞬いて、思考する。時計を見ると今日は残り三十分程度。
「雪男、それどうせなら二人でしようぜ。今日のうちに、お前にピアスあけてやりてえ」
共に生まれ落ちた日に共に縛りあうなんて悪くないだろ、と言う燐の手にはどこから出したのかピンが握られていた。もうあける気でいる燐にとめるだけ無駄だと知っている雪男は何も言わない。言わない、というよりは彼もそうしたいと思っていたから何も言わないだけなのだが。
何も言われないのを了承と取った燐が、消毒を手早く済ませ、針先を雪男の耳朶に押し当てる。
「失敗しないでよ?」
「まっかせとけって!大丈夫だいじょーぶ!」
ぷつ、と突き刺した個所から赤い玉が浮かび上がる。針を引き抜いて、血を拭ってからピアスを差せば燐の仕事は終わりだ。新しく雪男の左耳に飾られた装飾を満足げに見ている燐の顔に雪男の手が伸ばされる。燐の手からピンが奪われて、行方を目で追うと行先は右耳だった。
「こっちでいい?あと、新しくあけるけどいいよね」
ああ、と頷いた燐の耳にも、ほどなくしてそろいのピアスがつけられた。鏡をひっぱり出してきて、二人で覗き込む。そして、笑う。
「おそろいだね」
「ああ。雪男の運命も俺のもんになったし」
「兄さんの運命も僕の手の中だからね。ってことは一生一緒だ」
「死んでも離してやんねーよ、ばぁか」
あけたばかりのピアスに触れあいながら、燐が横目で見た時計は五十四分を表示していた。あと六分で、今日が終わる。
「なあ、今日あと六分なんだけど」
「ええ…何する?キスでもして終わる?」
「ははっ、六分間?」
「うん」
「…いーぜ?」
うっとりと口の端を持ち上げて美しい青を伏せた燐が甘い吐息を零す。ちろ、と赤い舌が唇を濡らして、艶を増した口唇にかさついた雪男の唇が重ねられた。
初めはじゃれあうようにしていた口づけは本気の度合いを増し、燐はくたりとなるまで貪られ続けた。は、と切なげに眉を寄せて寄りかかる燐を抱きしめる雪男は愛おしいとばかりに指先に力を入れてくる。
雪男は昔より素直に甘えられるようになった、と思う。雪男だけではなく燐もだが、あの時は思いをぶつけ合うので精一杯だったのが、今なら受け取って投げ返せるようになった。あの日のことを思い出したから、なおさらそう思うのだろうか。
感傷に浸りかけた燐だったが、時計の針を見て大事なことを言っていないことを思い出した。口づけの余韻で力の入らない体をどうにか動かし、燐を抱きしめる雪男を見上げる。
「いっしょに生まれてくれてありがとう、雪男」
愛おしいのだと笑みを見せる燐の言葉が、この日の最後の音になった。
そうして二人繋ぎあったら、後は幸せにおちていくだけ。
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文→崎様
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