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「何で穴あけんだ?針?」
「うわ…そこからか。ま、ふつうはピアッサーってやつ買ってきて、それであけるんだ。で、ほっとくと塞がっちゃうから、穴が安定するまでファーストピアスってやつをつけておくんだ。それが終わったらセカンドピアス…普通に売ってるようなやつね、それをつけるんだ」
「へー」
「ただ兄さん回復しちゃうから、いきなりセカンドピアスつけるしかないと思うけど…」

ピアスの説明は話半分に聞き流していた燐を見て、雪男はこれ以上話しても無駄だと思ったようだ。もうあける気でいる燐が何度も期待を込めた眼差しを送るものだから、説明をやめて安全ピンと消毒用アルコール、マジックペンを取りに一度腰を上げた。ピンの先をライターで炙り、エタノールを含ませた脱脂綿で拭けば準備は終わりだ。

「あけるでしょ?」
「ん。雪男、あけて?」

自分じゃ見えないし無理、と燐が言うと、予測していた雪男はすぐに準備に取り掛かった。髪をよけ、燐の尖った耳を晒すと丁寧にエタノールで拭いてからマジックで大体の位置を決める。擽ったそうに身じろぎする燐に動かないで、と声をかけ、雪男は手にした針を押し当てた。

「じゃあ、あけるよ」
「ん」

硬い無機物が体を貫いた瞬間の熱と、遅れて広がる痛み。ピンが抜かれてすぐにピアスが通された。刺されたときには僅かに顔を顰めたものの黙って待っていると、反対側にも雪男の手が伸ばされて同じように穴をあけて、もう片方のピアスも通していく。

「はい、できた。アレルギーとかあるかは知らないけど、もし何か気になることがあったら言ってね」

滲んだ血液をふき取りながら雪男は嬉しそうに笑って燐の耳で光るピアスを見ていた。視線がいつもより甘ったるく首の後ろがちりちりするような気がして、燐は顔を背けようとしたが頬を両側から挟まれて阻止される。
顔が、近い。
忙しく脈打つ鼓動を宥めたい燐が意識のやり場を探していると、兄の動揺など知らぬふりで雪男が囁くように口を開く。

「ねえ兄さん、知ってる?ピアスを他人にあけてもらうとね、その人に運命を握られるんだって」
「へっ…?」

突然何を言い出すのかと、燐は間抜けな声を上げた。もしそうだとしたら、と前置きをして、顔をほんのりと朱に染めた弟は頬に添えた手を先ほどあけたばかりのピアスへ動かす。

「兄さんの運命は僕の手に来たのかな」

そうだといいなあ。そう言って夢見るような目で一途に見つめられて、普段なら馬鹿を言え、どこの乙女だと罵っていたはずの燐だが今日ばかりは流されたようで、言葉もなく雪男を見ていた。

「俺、なんも用意してねーんだ。だからさ、運命だろうが俺自身だろうが、雪男にやるよ」

そう言うと、予想していなかった言葉を返されたのか雪男はくるりと目を丸くして燐を見つめてくる。そうしているとあどけなく見えるのだと新しい発見。
兄さんだいすき、と聞くほうが恥ずかしくなるほど幸せそうな声で囁いて抱きついてきた体を受け止めて、後はそのままシーツへと沈みこんだ。

あの頃から年不相応にクサいやつだったな、と思い返しながら燐は自分の耳に触れた。あれからそれなりに時間は経っているが、燐がピアスを外したことはない。
時計に目をやると思いのほか回想に耽っていたようで、今日も残り一時間を切っていた。雪男は間に合うだろうか、と少し寂しくなる。いい加減子供でもあるまいに、とは思うものの、愛しい人の生まれた日はいくら年を重ねようが特別なものだ。はやく、と念じるように扉を睨みつけると、思いが通じたのか少しの後にがたりと音がした。

「ただいま。ごめん、遅くなった」

肩に雪を積もらせ、白い顔をした雪男が玄関をくぐった。ようやく戻ってきた待ち人に燐は顔を綻ばせて駆け寄り、寒暖差で一気に曇る眼鏡に溜息を吐きかけた唇を塞いでやる。

「おかえり、雪男」

冷やりとした唇は荒れていて、後でリップを塗ってやろうと頭のメモに書き加える。肩の雪をほろった燐の手が、次には眼鏡の曇りが取れるのを待つ雪男を室内へ引っ張り込んだ。

「さっさと着替えて来いよ。飯暖めとくからさ」

雪男を着替えに追いやってから、体の冷えていた雪男のために暖房の温度を上げる。それからキッチンへ移動し、用意しておいたムニエルとスープを暖める。丁度鍋から湯気が立ち始めた時に雪男が戻ってきたので、丁度いいとばかりに手伝わせた。といっても、燐が
盛った料理を運ばせただけではあるが。
殺風景だった食卓が食欲をそそる料理で埋められ、二人きりの誕生会が始まった。今日の任務はどうだった、とか、兄さんは何してたの、とか、いつもと変わらない会話をしながら食事を胃に収めていく。食卓が半分くらい空になったころ、あ、と燐が動きを止めた。

「ゆき、お前ピアスあける気ねえ?」
「は?何、藪から棒に」

脈絡のない発話に雪男も食事の手を止める。指先で耳につけられたピアスに触れながら、懐かしそうな顔を燐はしていた。


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