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 先日の期末テストもまた、塾生で勉強会……というか、俺と志摩が教わるだけでほかのメンバーは教える側にまわるきゅうさいかい? 9歳会?……をしてどうにか切り抜けたのだ。軽く10年分の頭を使った、と言ったら雪男に「10年さぼった報いだよ」とものすごい目で見下された。ちくしょう。
 というわけで、俺はあと10年は勉強したくない。

「奥村くん、2月にも学年末テストあるんですよ? 勉強してますアピール見せたほうが、奥村先生かて優しく教えてくれるんやないですか?」

 まるで先生みたいに優しく言ってくれる子猫丸。
 その言葉に一瞬揺れかけたけど、振り払うように首を横に振った。

「……そーだけどさ、でも、勉強って誕生日にだけやったって意味ないだろ? 誕生日だからこそやれることをやりたかったのに、雪男の奴勉強するか添い寝しろ、だぜ?」
「これをきっかけに勉強するっちゅう選択肢はないんやな」
呆れた勝呂のものいいにむっとしたけど、ここはガマンだ。
「とにかく、勉強するってのは誕生日プレゼントにはならないから、結局添い寝しかねえよな……」
 俺の言葉にぎょっとした勝呂たちが、
「待って奥村くん、相手はあの奥村先生やで? ええ年の男兄弟と何が楽しくて一緒のフトン入らなあかんのや!」
「そうですよ奥村くん、考え直してください。添い寝ってことは、先生が寝るまで奥村くんも眠れないってことですよ!」
「だいたい、一緒に寝て何するんや。子守歌でも歌うんか?」
 と、口々に「早まるな!」と言ってくる。
「俺の想像する添い寝と違ってるのが一番だったんだけど、俺が想像してたのと一緒だってのはわかったから、あとはどうにか切り抜ける。……おまえら、ありがとうな!」
 その言葉を振り切って、ひたすら寮への道を走り去っていく俺に、志摩の訳の分からない言葉だけが聞こえてきた。
「骨は拾わんからなー! 奥村先生こわいから!」


 そして、誕生日当日。
 どこかに出かけて帰ってきた雪男とスキヤキの〆のうどんまでしっかり食って、先に風呂に入れさせてもらった。そして、
「……まさか、本当に添い寝を取るとは思わなかったよ……」
 はぁ、とこれ以上ないくらい盛大なため息をついてくれた雪男は、フトンに潜り込んでくるクロみたいにフトンに入り込んでいる俺に頭をかかえていた。
 雪男が風呂に入ってる間に入り込んだおかげで、クロが入ってきたときくらいにはあったまっている雪男のフトンは、俺もうっかり眠ってしまいそうだ。
「俺はお前のしゃにかまえてやるぜ!」
「斜め上の考えはよくわかった。難しい言葉は使わなくていいからね」
 そして、そのまま机に向かおうとする雪男。
「ちょっと待てよ。添い寝希望しといてそりゃないだろ」
「兄さんがここまでバカだとは思いたくなかったけど、バカだってよくわかったから」
「なんだよそれ。言い出したのはお前じゃねーか!」
「最初になんかたくらんだのは兄さんでしょ」
 がたっ、と椅子を引く音が響く。……なんだよ。
「……これじゃ、意味ねーし」
 もうふて寝してやろうと雪男のフトンなのもかまわず深く潜り込む。
「兄さん、どうして急に誕生日プレゼントなんて言い出したんだ?」
 たぶん椅子に座ったままの雪男が問いかけてくる。
 言ってやるもんか、そう思っていたのに、なんだかたまらなくなってしまった。

「今まで、修道院で祝ってもらってたろ。俺はそういうのできないけど、なんかやってやりたかったんだ。……勉強だと、お前にまで迷惑かけるだろ」

 自慢じゃないけど俺は勉強ができない。それこそ10年分のツケが今まわってきているのだ。俺が勉強なんてしたら、雪男は何かしら手伝ってくるだろう。それじゃ意味がない。せめて今日くらい雪男のジャマにならないようにしてやらなきゃいけないんだ。

「はぁ、しょうがないなぁ」

 がたっと、椅子の引かれる音がする。
 それから、ばさっと大きくて広い重みが乗ってきた。
「ほら、もっと奥に行って」
 重みがいったいなんなのかわからないままに、とりあえず顔だけフトンから脱出させる。
「言い出したのは僕だからね」
 そのまま俺の隣に入り込んできた雪男は「あったかいね」と眼鏡をはずしながら言った。
「おう……って、コレ」
 いつのまにか、フトンが一枚増えている。厚手の毛布だった。
「兄さんいつもベッドで寒そうにしてるから、買ってきた」
 どうやら、これが誕生日プレゼントってことらしい。
「フトン? なんだこれ??」
 フトンだと思ったのに手を伸ばしてつまんでみれば、袖がついている。
「着る毛布だよ。これ着てればこの部屋でも寒くないし、勉強だってできるだろ」
「げっ」
 どうやら雪男も、俺が勉強を選ぶと思っていたらしい。そのためにわざわざ買ってくれたようだ。
「これは明日から着て貰うことにして、僕も誕生日プレゼントをもらおうかな」
 それから、俺のとなりでにこっと笑った雪男は、
「あったかいね。添い寝っていうより電気毛布代わりみたいだけど」
「る、るせー……!」
 これ以上何も言わせない、と雪男の頭を抱え込んでぎゅっと胸に押しつける。
「に、にいさん!?」
「さっさと寝ろ! お前が先に寝てくれなきゃ、俺もねれないだろ!」

『おれがぎゅってしててやれば、こわいものなんてみないだろ!』
『うん、にいさん』

 ――なんか、ガキのころのことを思い出した。
 こうやってたまに一緒のフトンに入って、ぐずる雪男をなぐさめてたっけ。

「……これ、昔みたいで嫌だ」
 どうやら雪男も同じことを思い出して、あからさまに癒そうな声を出す。でも、背中に回ってきたのはその雪男の腕で。
「俺はいいけどな」
 なんとなく、兄ちゃんらしいことが出来てるって感じる。
「もう昔の僕じゃないから」
 兄ちゃんらしさに浸って油断していた俺の腕から、雪男の頭が抜ける。
「え」
 そしてそのまま、迫ってきた唇がぶつかってきて、今度は俺の顔が雪男の胸に納まってしまった。
「ぅわっ、ゆきお〜!」
「添い寝してくれるんでしょ? だったらおとなしくしててよ」
 ぎゅうっと腕が強く回されて抵抗もできない。……やっぱり、雪男は強くなったんだなぁと思うけど、それと同時に負けていられないと思うのだ。
「わかったから、早く寝ろよ」
 こうなったら、雪男が寝るまで起きててやる。添い寝してやるほうが長く起きてないといけないからな。
「……キスに対する反応が薄いな……」
「んぁ? なんか言ったか?」
「ううん。おやすみ、兄さん」
「おやすみ雪男。……誕生日おめでとう」
 俺の言葉に、雪男は「兄さんもおめでとう」と返しながら額にキスしてきたのだった。


 結局、フトンに入った俺が雪男より長く起きていられるわけもなく、
「結局僕が添い寝する形になったからね、兄さんには冬休みが開けるまでみっちり勉強してもらうよ!」
「ひぃぃ!」
 鬼教官によるスパルタ個人授業にヒィヒィ言わされるハメになったのは、また別の話である。

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HP→ルシエレット/なずな様

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