3

「あのな!夢であれ、んなこと雪男が言ったんだぞ?俺はすんげー心配したんだっ!」

燐の脳裏に獅朗の最後の光景が矢継ぎ早に浮かんでは消えていく。
そしてその後に自分に向けられた言葉や視線や刃の数々。

「お前まで…悪魔になるな」
「……盛り上がってるところ悪いんだけど、兄さん。肩、痛い」

弟の声にハッとして手を引いた。
波打つ感情のままに手に込められた圧力は高かったはずだ。
ましてや悪魔となった自分のそれでは。

「ごめんっ」
「どうにかなったわけじゃないから大丈夫」

多分、青あざ位は残ったろう。
軽く腕を回して見せる弟に、燐はもう一度か細く謝った。
そんな兄の様子に雪男はふうっとため息をつくと、おもむろに燐の両手を自分の両手で持ち上げた。

「?」

そのまま高く持ち上げられ、向かった先は雪男の両耳。

「尖ってないでしょ?」

雪男の手により触れさせられた雪男の耳はほんのり暖かい。
そうっと指を動かして耳の上部を探ってみるがちゃんと曲線を描いており、自分のように尖ってはいなかった。

「歯だって、ほら、尖ってない」

そう言いながら、口を開けてくれる。
至近距離の薄闇に白い粒がきれいに並ぶが、どれも異常はなかった。

「安心した?」

いつもの笑顔とともに、ぱっと手が離された。
掌に雪男の肌の温度だけ残る。
それを名残惜しく感じながら、燐はこくりとうなずいた。
それを期に二人の間の空気が少し和らいだ。
すると、雪男はくっと笑いをかみ殺すような仕草をした。

「…まさか誕生日に実の兄に尻をまさぐられるとは思ってもみなかった」
「まさっ」

あまりな言い方に燐の顔に血が上る。
だが、理由はどうあれ行動だけとれば確かにその表現はぴったりで、弟に反論しようにもその先の言葉が出ない。
真っ赤になる兄の前で、何やらツボに入ってしまったらしい弟が腹を抱えて笑いだした。

「なんか、変な感触がすると思ったらっ兄さんが神妙な顔して人の、尻をっ。あはははは」
「お前っっ!こっちは必死だったんだぞ!」
「だからって、何も確認するならしっぽにしなくたって…あは、あははははっ」
「〜〜っ笑うな!しっぽが一番わかりやすいだろーがっ」

どんなに反論したところでしでかした事実は変わらないので、もう弟の笑いが収まるのを大人しく待った。
呆れようが笑われようが、どうしても確認したいことがあった。
―待つこと3分。
内心では、カップラーメンできる時間まで笑うな!と恥ずかしいやら腹立たしいやらだったが、ぐっと雪男の目を見て尋ねる。

「で、お前。悪魔になりたいとか、んなこと思ってないだろうな」
「まさか」

笑いすぎて目に溜まった涙を拭きながら笑って即答した雪男に、燐は安堵のため息をついた。
そうだ、雪男がそんなこと考えるわけがない。

「あー変な夢見た!寝なおしだ」

確認が取れれば、燐の気持ちはからりと入れ替わる。切り替えの速さが燐の持ち味だ。
はやくもあくびが出てきた燐は、邪魔したなとベッドから降りようとした。
が、その燐の手がなぜか再度雪男に掴まれた。

「?なに?」
「せっかくだし、久しぶりに一緒に寝てみない?」

思いがけない誘いに、一瞬思考がフリーズするが…

「そう、だな。たまにはいいか」

先ほど触れた雪男のぬくもりが、燐をそうさせた。
こういうのを人恋しいって言うんだろうか?
さっさと雪男の隣に体を入れようとすると、自分から誘った割に弟は動かない。
ベッドは狭い。図体のでかい弟に奥に行ってもらわねば、自分が寝るスペースはない。

「雪男?」
「あ、うん。ごめん」

燐の催促に雪男は慌てて場所を空けた。
雪男がなにやら口の中でごにょごにょ言っていたが、安堵ですでに眠気が押し寄せていた燐は気付かない。
一人で寝るよりも狭いが、隣に感じるぬくもりに安堵し、燐は目を閉じた。
すぅっと眠りに落ちる前。
燐は一言だけ雪男に渡して夢の住人となった。

「誕生日おめでと、雪男」

―終―

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文→水井嘉那

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