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「何だよ、ゆき……」
「僕は兄さん以外の人と付き合ったりしないよ!」

広い教室に、絶叫とも思える雪男のセリフだけが響いた。恥ずかしげもなく真顔で叫んだ雪男は頭に血が上りすぎて、自分が何を言ったのか気づいていない。事は重大なのに、そこで話は終わらなかった。
雪男は両手で俺の肩を強く掴むと、激しく前後に揺さぶる。

「せっかく、こないだ兄さんと両想いになって、僕の長年の苦労が報われたっていうのに、何も変わらないじゃないか!」
「ゆ、雪男……?落ち着け?今、お前、俺に告白してるみたいになってるぞ?」
あくまでも平静を務めて、俺は皆の様子を窺うために教室を見渡した。すると、誰もがぽかんと口を開けて驚いている。まあ、当然と言えば当然だよな。よりによって男に、しかも兄貴に告白したみたいになってるんだから。
ここで雪男が冷静になってくれれば、まだ何とかなったのに、雪男の暴走は止まらない。
「兄さんとロマンチックな夜景を見に行って!兄さんと一緒にお風呂に入って!さりげなく缶チューハイで酔わせて襲う、僕の計画が台無しだよ!」
「わわわわわっ!お前、何言ってんの!?つーか、何でお前の計画、夜に偏ってんの!?」
「兄さんは鈍い鈍いと思ってたけど……。そこは察しろよ!」
「そ、そんな事言われたってなぁ……わかんねえよ!」
「せっかく……兄さんと二人っきりで過ごせると思ったのに」

雪男は寂しそうな顔をして、両手を離した。その切なげな顔に何も言えなくなってしまうのは、惚れた弱みかも知れない。

「……べ、別に雪男と二人っきりで過ごすのが嫌だった訳じゃねえよ!ただ、お前とはこれから先、何十年も一緒にいるだろうけど、塾の皆とはそういう訳にはいかねえだろ?だから、俺は皆との時間も大事にしようと……って雪男?」
「兄さん、それって……」

ぽかんと口を開けて、雪男は俺を見つめたまま動かない。

「何だよ?」
「何や、プロポーズみたいやな」
そう言ったのは志摩だった。
「な……っ!?」
「俺にもそう聞こえたわ」

と、勝呂。

「僕にもそう聞こえました」

子猫丸までが呆気にとられた表情で告げる。

「――燐、雪ちゃん!」
しえみは純粋そうな瞳をキラキラと輝かせ、がしっと俺の腕を掴んだ。

「おめでとう!私、感動しちゃった」
「はぁ?」
「いいな、雪ちゃん……!私もいつか、そんな素敵なプロポーズ受けてみたいっ」
「いや、別に俺はプロポーズした訳じゃ……」
「ありがとうございます、しえみさん。でもどちらかと言うと、兄には僕の方からプロポーズしたかったのですが……」

すっかりいつもの調子を取り戻した雪男は、しえみのキラキラな視線を受けて微笑んでいる。何だか、俺だけが取り残されたような感じで、俺は呆然としていた。

「ちょっと待てよ、お前ら……」
「奥村センセ、早よ答えてあげんと。奥さんが待ってはるよ?」
「誰が奥さんだ、誰が!」
「兄さん!」

雪男はしっかりと俺の両手を握りしめると、俺に迫ってきた。

「白い庭付きの家に子どもは二人、一人は女の子がいいな。そして、犬を飼おう!僕、絶対兄さんを幸せにするから!プロポーズは男性が結婚できる18歳になってから、また改めて僕の方からするよ。指輪もちゃんと買ってあげるね?勿論、婚約指輪だよ!」

そう言って、雪男は俺の唇にキスをしようとする。俺は身を捩る事で、雪男のキス攻撃から避ける事が出来た。

「――何で避けるの」

物凄い不満そうな顔で、雪男が詰問する。

「何でって、ちっとは自分で考えろ!このデリカシーナシ男が!」

雪男の頭に思い切り頭突きを喰らわして、俺は顔を背けた。

「み、皆の前で……キスとか出来る訳ねえだろ」
「に、兄さん……!」

雪男が勢いよく抱きついてきた。もう今更誤魔化しようもなく、俺は敢えて受け入れる。どうでもよくなってきたと言うほうが正しいかも知れない。

「いやぁ、冬なのに春やねぇ。それで、奥村兄弟はクリスマスパーティー欠席するん?」
「いえ、出席しますよ。兄もこう言っている事ですし」


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