3

どうして絶望的とも言える暗闇の中に、希望という名の光を探し出せるのだろう。
諦めない。兄は簡単に言ってくれたが、それがどれだけ難しいことであるか、兄は分かっているのだろうか。
「それに、雪男がいればたぶん大丈夫だ」
「え?」
「だって俺ら、あの魔神の息子だぜ? つまりそれって最強兄弟ってことだろ?」
「…兄さん、自分で言ってて恥ずかしくないの?」
「なっ、お前、人がせっかく励ましてやってんのにっ」

多少は自覚があったのか、僅かに頬を赤く染めた燐は拗ねたようにそっぽを向いてしまった。

「ははっ、ごめんってば兄さん」
「うるせぇ、お前なんかもうしるかっ」
「あ、ひどい」

そっぽを向いた燐だが、その声音は本気で怒っているものではなく、雪男もそれに気付いているから、別段焦ることもない。

「………」
「なに?」

そっぽを向いていた顔を戻して雪男をジッ…と見つめれば、コテンと首を傾げられた。
見つめ返されるその瞳には、もう暗い光は見当たらない。

「…なんでもねぇ。つーかそろそろ戻んねぇと、さすがにアイツらも怪しむな」

そう言って立ち上がった燐だが、一方の雪男は動く気配が見られない。

「お前は? まだ戻んねぇの?」
「うん、もう少しだけここに残るよ。…とゆーことで、僕の代わりにこれ持っていってね」
「へいへい」

そう言って、雪男は食卓の上に出しっぱなしだったペットボトルを、乗せていた盆ごと燐に手渡した。
それを受け取った燐はそのまま食堂を後にしようとして、しかし出ていく前に一度雪男に振り返った。

「雪男」
「ん?」

呼ばれて振り向いた所で、雪男の思考が停止した。
口唇に感じた柔らかな感触が、ちゅ…というリップ音と共に離れていく。

「誕生日おめでとう。プレゼント、特に用意してねぇからこれで勘弁な」

してやったりな表情を浮かべた燐の顔が、雪男のすぐ目の前にあった。
あんま遅くなんない内に戻って来いよ…と、そう言いながら食堂を出ていった燐の背中を、雪男は呆然と見送ることしか出来なかった。

「……どこでそんなキス覚えてきたのさ、兄さん…」

ようやく口を出た言葉は、しかしもう燐には届かない。
バクバクと煩い心臓を静める為、大きく息を吐きつつ雪男は片手に顔を埋めた。
掌に伝わる顔の熱から、おそらく真っ赤になっているだろうことが容易に想像出来た。

「なんで兄さんはこう……あー、くそっ」

あんなに可愛いことをされるとは、全くの予想外だ。

「…みんなが帰ったら、覚悟しろよ」

真っ赤に染まった顔では様になっていないだろうと思いつつも、雪男は負け惜しみのように小さくそう吐き捨てたのだった。
兄を守る為に強くなった。
その背中を越える為に強くなった。
それでも、自分はまだまだ兄には遠く及ばないらしい。

「最強兄弟、か…」

子供染みたその言葉。しかし、その言葉に救われたような気がしたのもまた事実だ。

「ホント、兄さんには適わないな…」

くすりと笑みを零した所で、どっと遠くで笑いが起こった。
燐が戻ったことで、さらに盛り上がりを見せたのだろう。

「………」

雪男は静かに立ち上がった。
燐はもがけと言った。諦めないと言った。
ならば、自分ももがいてみようと思う。
不確かな明日に怯える前に、確かにある目の前の幸せを手放さないように。

「お、ようやく戻って来はった」
「先生、遅いですよ〜」
「すみません」


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